第74話情報収集


異能力を殆ど封じられた状況下、丸腰の俺達の相手は拳銃を手にしている。


あの赤髪の少年に異能力の攻撃をしたら、それがトリガーとなり体内の魔力が動きを止め、異能力の発動が叶わなくなる。

どこまでがセーフなのかが分からない以上、魔道具レリックの行使も止めた方がいいな。


「ルクス、どうすんだ?あちらさん、俺達が動くのを待ってやがるぞ」

「迫る弾劾を避け、あの少年を倒すしかないだろうな」

「それをすれば目立つ。これ以上、変な連中に目をつけられたくはないな」

「今さらだ。それに、このままではらちが明かないぞ」


ルクスはそう言うと、コンクリートの柱から赤髪の少年に対し姿を現した。


鳴る響く銃声。

再び鳴る銃声。

銃声だけでなく、耳に入る足音や息づかいに壁や床に当たった弾丸の音で、実際に目にする事なく状況は検討がつく。


一度目の射撃を身を屈めてかわし、二撃目を指で器用に摘まみ、三撃目の弾丸にぶつけて軌道を逸らす。

そして、赤髪の少年の腹を蹴飛ばした。

大方こんな感じだろう。


「ルクス、終わったか?」


柱から顔だけを覗かせ見てみると、ルクスが赤髪の少年を床に押さえつけている。


「最初からこうすれば早かったな」

「流石は聖王協会の幹部。本気を出せばこんなもんか」


ルクスは俺の軽口をスルーして赤髪の少年に、冷たい口調で話しかける。


「俺にかけた能力を消せと言っても消してくれそうにはないな。異能力は発動者が死ねば大抵は消えるが例外もある。お前のその余裕もそれか」

「そうだ。俺が何もせずに死ねば、お前の呪いはいつまでもお前の中でお前を苦しめる」

「そんな事はどうでもいいんだがルクス、そろそろ学校に行っていいか?そろそろ行かないと遅刻しそうなんだよ」

「待て帝、お前だけ一人、全く関係の無い事を話しているのは気にしないが、そもそもこの少年はお前を狙ってきたんだ。それを俺に押し付けてどこかに行くつもりか?」

「……どうした?」


押さえつけられている赤髪の少年が俺を睨む。


「学生Aの俺はある日、金髪と赤髪の抗争に巻き込まれました」

「帝、巻き込まれたのは俺だ」

「そんな些細な事はどうでもいいだろ?それで、赤髪の君は何をしにやって来たんですかね?」


俺の問いかけに少年は睨み付ける。


「答えると思っているのか?もしそうであるのなら、おめでたい頭をしているな」

「だったら、周囲のお仲間に助けてもらえるように叫ぶか?」

「それはダサいな」


少年は、何かを熟考するように黙り込んだ。

その状況にルクスが割って入る。


「帝、こいつは俺が連れて行こう。もし、仲間がやって来るのであれば餌に出来るからな」

「そうか。そんじゃ、後は任せる。何か分かったら俺に連絡してくれ」


ルクスが何かを呟くと、周囲から黒服の男達が現れ、赤髪の少年を黒い布袋にしまい込む。

迅速かつ的確な手際は、手慣れている事の証なのだろうが、スキンヘッドの厳つい風貌にサングラスをしている為か、ボディーガードと言うよりも、マフィアと言った方がしっくりくる。


その様子を眺めながら周囲の気配を探るが、辺りに気配は無い。昨晩会った、あの少女達の気配も消えている。

ルクスの遅効性の人払いの魔術が効いたのだろう。

能力面がちぐはぐと言うか、不完全と言うか、取って付けた暗殺技能って感じる。


「俺は学校に行くから、後は頑張ってくれたまえ」


俺は落ちた鞄を広い、ゆっくりとした足取りで学校へと向かう。






対策課の本部にて、険しい顔をしながら一枚の書類を睨む男。


天道真てんどうまことだ。


彼はつい先程、自分の部隊の隊長から渡された書類を隅から隅まで、何度も繰り返し読み返していた。

書かれていたのは、今彼らが捜査を行っている如月家当主暗殺を初めとした、異能力者ばかりを狙った連続殺人事件。それから手を引けというものだった。


何らかの圧力をかけるのであれば、こういった書類を相手に送りつけるべきではない。

そんな事は、差出人も知っているはずだ。伊達に、怪物達が群雄割拠する世界で覇道を進んでいる訳ではない。


岸岡政一きしもとせいいち


最年少で官房長官にまで登り詰めた男の名前を訳も無く睨む。


真は、その手に握られた書類を丸めてゴミ箱へと放る。


「顔が怖いですけど、どうしたんですか?」


人懐っこい顔に心配そうな表情を張り付けた、真の後輩である、星野織姫ほしのおりひめが真の顔を覗く。


「何でもない。個人的な事だ」

「……そうですか」


無闇に踏み入れさせようとしないに真に対し、少し残念そうな顔をした星野は大人しく自分の椅子へと座る。

真はその様子には何の反応もせずに、部屋を後にする。


向かったのは、気の知れた同僚──千早涼──の居る隊室。


「涼、居るか?」

「おうよ。ここだぜ」


隊室の奥に置かれているソファーに寝そべる、サングラスを掛けた長身の男へと歩むと、天道は小さく呟いた。


「お前にも紙が届いたか?」

「あぁ、届いた。マジで相手が相手だから、下手に動くと対策課自体が潰されかねないな」


真は起き上がった涼の隣に腰を下ろした。


「……確かに相手が悪い」


真は腕を組み、瞳を閉じながら天井を見上げるように首を傾けた。


「だったら、対策課以外の誰かに任せるか?」

「正気か?アイツに任せるつもりか!?」


両目を見開き、涼を見ている真の頭に浮かぶのは性格の歪んでいる、やさぐれた高校生。


「マジで神月が嫌なら……そうだな、真の前の職場のお仲間にでも頼んでみるか?」

「それも論外だ。どちらにしても、俺達が動かなければ一連の殺人を行っている者が野放しになる。それは、異能力者殺しを容認する事にも繋がる──」

「でも俺達は動けない。マジで難儀な話だな。長官にでも頼んでみるか?」

「何をどう頼むつもりだ?俺達では何も出来ないからどうにかしてくださいとでも言えばいいのか?」

「マジでそれはダサいな」


真は思考をフル回転させるが、対策課以外で、信用出来て、実力があり、口が堅く、権力に屈する事は無く、意思が固いなどの、数多の条件をクリアする者など思い当たらない。異能力者は変わり者が多い事も原因の一つにあるのだが、そもそも人間の心理として可能な限り甘い汁をすすって生きていたいという願望が少なからずある。

だからこそ、権力者に媚びへつらう者も多い。フリーの異能力者は大抵そういった輩だ。


「涼、お上からバレないように情報を送っておいてくれ」

「マジで神月にか?」

「そうだ」

「まあ、そのくらいならば別に構わないが、マジで問題は神月が解決に動くかだな」

「そこが全てだが……頑張ってくれ」


そう言い残し、足早に逃げようとする真の肩を掴む。


「ちょっと、マジで待たんかい」

「何だ?話は終わったはずだぞ」


涼は額に血管を浮かばせながら、真を逃がすまいと力を強める。


「俺がアイツに言ったところで、マジで素直に従うとでも思ってんのか?無意味に面倒事に首を突っ込む性格じゃないだろ。むしろ、面倒事を嫌うタイプだろ」

「確かにそうだ。否定はしない。だが、俺はあの少年との繋がりは薄い。対し、涼は何度も会っているらしいな」

「それは──」

「おやおや、天道さんがこの部屋に来るとは珍しいですね。普段は逆ですからね」


隊室に入ってきたのは、黒髪の華奢きゃしゃな体格の青年。


夜須やすか。お前も珍しいんじゃないか?隊はここではないだろ」


二人へと歩を進める夜須英二やすえいじを傍目に、天道が頭を働かせる。


夜須やすも真と同様、涼とは隊が違う。

では、何故なぜこの隊室へとやって来たのか。


答えは案外単純だ。


「天道さんと千早さんに少しお話があります」


|夜須<やす>は隊室の左端に座る、対策課第四隊の隊長の頭頂部が僅かに禿げ上がった、見た目は冴えない中年の男へと視線を向ける。


「若松さん、千早さんを借ります」

「あぁ、そのサボり魔をこき使ってやってくれ」

「ちょっと、それはまじでないですって」

「ありがとうございます」


涼は、すがるように真へと視線を送るが──


「日頃の行いの賜物たまものだな」


彼を援護する者などいなかった。


隊室を後にした真と涼は夜須やすに追随する。


夜須やす、どこに向かうつもりだ?」

「長官室です」


真からの疑問を淡白に返し、夜須やすはエレベーターに乗り込む。

既に乗っていた人はおらず、中には真達三人しか居ない。


「天道さん達が捜査をなさっていた件ですが、圧力がかけられたようですね」

「そうだが、よく知っているな」

「一応これでも長官直属の人間ですよ。大和やまとさんと同じで」

「そうだったな」


涼は傍観したまま、真と夜須やすの会話に耳を傾ける。


「そう言えば、夜須やすの能力についての話を全く耳にした事がないな」

「気になりますか?」

「否定はしないが、本人から聞き出すのはタブーだ。野暮な事を聞いた、忘れてくれ」

「分かりました。それと私からも一ついいですか?」

「あぁ」

諏佐仙次郎すさせんじろうと戦ったと耳にしていますが、どうでした?」

「どうでした……とは?」


狭いエレベーター内の空気に緊張が入る。


「噂に名高いテロリストですから、本当に強いかどうか気になりまして」

「正直に言えば強かった。手加減された上で、一方的に滅多打ちにされたよ」

「……そう、ですか」


真は、何か様々な感情の織り混ざった複雑な表情をしている夜須やすには何も言わず、ただエレベーターが停止するのを無言で待った。


エレベーターを降り、長官室へと向かう最中にも会話は無い。


長官室の扉の前で立ち止まった夜須やすは、木製の扉をノックした。


「長官、こちら夜須やすです。天道、千早の二名を連れて来ました」

「分かった。入れ」


重々しい口調による長官からの言葉を聞き、|夜須<やす>はゆっくりと扉を開いた。


「ご苦労だったな」


対策課の長官である六条院武蔵ろくじょういんむさしからの謝辞に、夜須やすは黙礼で返す。


右目を隠す眼帯、視線が合えば貫かれると錯覚しそうな程に鋭い金色に煌めく左目、年齢を一切感じさせないいわおのような体格、エラ張った厳つい顔立ち、切り揃えられた白髪。

彼こそが、対策課を束ねる異能力者だ。


部屋の奥に座する彼の前まで進み、真は口を開いた。


「お上から何もするなと横槍を入れられたんですが」

「そのようだな」


前置きも無く単刀直入に話を切り出す真に、六条院ろくじょういんは冷静に返す。


「何とかなりませんかね?」


真は金色の瞳から視線を移す事はしない。

これは、真が|六条院<ろくじょういん>に自分の希望を伝えたのではなく、六条院ろくじょういんという男なら可能であると知っているからこその言葉だ。


「何とかするとは言っても、難しい事には変わりはない」

「その言い方だと、俺達以上に何かしらの情報を手にしていると考えていいんですかね?」

「どう取るかは自由だ。天道、今回は私から手を貸す事はしない」


真は、半ば呆れながら言葉を返す。


「いい加減、真面目に動かなければ手遅れになりませんか?」

「今は堪えろ。何よりも天道、お前はまだ発展途上だ。世界を相手取るにはまだ早い」

「世界……ねぇ。今のこの現状で、世に解き放たれている異能力者の大半は、取るに足らない者達ですよ」

「慢心は足元をすくうぞ。この前、諏佐すさにいいようにあしらわれたばかりではないか」

「その点については猛省していますが、あれは他の野良とは違うでしょ」


六条院ろくじょういんは否定も肯定もせずに、ただ口を閉ざしたまま真から目を逸らす。


数秒の沈黙の後、六条院ろくじょういんは大きなため息を吐き出し、自身の掴んでいる情報を告げた。






俺はルクスと別れた後、学校には行かずに死の武器商アンダー・コレクターの基地へと向かった。

ヴァルケンから学校へ、気分が悪いと伝えてもらっている。


死の武器商アンダー・コレクター、俺を襲った奴らについて何か知ってるか?」

「さぁ、さっぱりですね」

「今日はやけに謙虚と言うか、下手したてに出るな。人生を振り替えって、反省でもしたのか?普段はタメ口だろ」

「気分が良いだけですよ」

「話を戻すが、本当に何も知らないのか?」

「えぇ」


差し出された紅茶を口へと運ぶ。


「嘘をけ。お前なら何か知ってるんじゃないか?魔力を持たずに、未知の異能力を行使する連中について」

「私には見当もつかないですね。何せ、地下から出ない日陰者でして」

「知らないならエリザベスから聞くが──もし、お前が連中について知っているのに何も言わなかったと判明したらどうなるか分かってるな?」

「もしかして、鬼婦人から聞くんですか?……あのババ──おばさんは何でも知ってますからね。その情報を誰が有しているかまで正確に。……と言うか、そうするなら最初から鬼婦人から聞けばよかったのでは?」

「苦手なんだよ」


変に頼り過ぎると、何かを求められそうだし。


「まっ、まあ、鬼婦人からデタラメを言われて割りを食うのは遠慮したいので、知っている事は話しますよ」

「結局、知ってるんかい」

「いっ、いや、聞きかじった程度の話ですよ」

「それでも構わん」


どうせ後から確認するし、こいつが嘘を掴まされるような事は、まずないと見ていい。


「彼らは、正確に言うと異能力者ではありません。ただの特異体質ですよ」

「……特異体質ねぇ」

「信じてないみたいですね」

「まあ、特異体質とだけ言われてもな」

「その特異体質というのは、世界と世界の狭間に漂うエネルギーの獲得。まあ、強制的に体に入ってくるみたいですけどね」

「要はあれか?異界へと跳ばされて勇者になるのと原理は同じか?」

「うーん、そこら辺はよく分からないですね。勇者と呼ばれる類いの者は魂にエネルギーが付着するのに対し、彼らは体に永続的に直接注ぎ込まれているみたいですから、体への負担は大きいでしょうね」


一度、天井を見上げる。


完全に未知の世界。

俺の知識の範疇の外だ。


「まあ、奴らの能力は一度置いておいて、誰に命令されているのかは分かるか?」

「彼ですよ」


死の武器商アンダー・コレクターはテレビを指差した。


「こいつって確か、最近、官房長官になったよな」

「みたいだね。あまり知らないけど」

「面倒な男がバックにいるみたいだな」


聖王協会が動いて──俺に巻き込まれたようなものだが──はいるが、何かしらの取引を行って手を引きそうだな。

期待は出来ない。


「彼らを捕らえる腹積もりですか?」

「俺は異能力者狩りを何とか止めればって大層な事は考えちゃいない。ただ、これ以上関わりたくはないってのが本心だな」


カップに残った紅茶を飲み干し、椅子から立ち上がる。


「俺はもう行く」

「見送りましょうか?」

「いらんよ」

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