第8話
曽祖父はその原本をどこか別の場所に隠し、それを彼女の祖父がマイクロフィルムに写して、あのヒスイの勾玉に入れて隠したというわけなのだ。
当然、歴代の共産党政権はそれを手に入れるのに躍起になった。
日本と(平和条約はなかったにせよ)国交のあったソヴィエト政権下でも、大使館の人間・・・・そう自称していたものの、恐らくはKGBのエージェントだろう・・・・も、終戦後になっても、しつこく祖父や父、それに彼女の周辺にも表れた。
たかが宝石と言うなかれ。その価値はドルの下落した今でさえ、安くても1億ドルは下らないという代物である。
ソヴィエト政権が崩壊し、ロシア連邦になってからも、躍起になって行方を捜しまわっている。
流石に今は国としてどうこうということはないにせよ、過去の栄光を取り戻そうという連中、そしてロシアン・マフィアを名乗る連中が、度々出没しているという。
『貴方が吉田家を出たのも、結局はそこにあったんですか?』
『これは吉田家には直接関係のない問題です。私の一族と、そして私の問題なのです』
『じゃ、何故それを息子さんの元に?』
彼女はそれに答える代わりに、健一の名を呼び、固く抱き寄せた。
『健ちゃん・・・・母さんの身勝手を許して頂戴・・・・』
その時である。
ガラスの割れる音、続いて数発の銃声が響いた。
『伏せろ!』俺は叫び、それから拳銃を引っこ抜くと、窓に近づいた。
外を見る。
ハゲタカのような鷲鼻に、痩せたノッポ男、肩幅の広いがっしりしたチビ・・・・あの記号のような悪党コンビだ。
俺は構わず、窓枠に手をかけて横に開くと、相手に向かって二連射した。
距離は十分、チビの方がを抑えてぶっ倒れるのが見えた。
だが、それだけでは済まなかった、
別の新手がいたのだ。
ノッポと同じくらいの背丈の、やはり記号のような悪党面の男だ。
こいつはなんとカラシニコフAK47を構えている。
幾ら銃刀法がなし崩しになっちまってるからって、こんなものを持って出てくるなんざ、並みの神経の持ち主じゃあない。
『おい!出てこい!大人しく出てこないと、容赦しないぞ!』
相変わらず訛りだらけのおかしな日本語で、ノッポが怒鳴った。
『分かった!ちょっと待て!』俺はそう答えると、二人には絶対に
外に出ないように言い含めると、ヒスイを握って外に出た。
『撃つなよ。撃つんなら先にそう言ってくれ』
俺は連中に向かって叫んだ。
塀を乗り越えて三人の男がこちらに向かってきた。
AKを構えているのは二人、先頭に立っていたハゲタカ鼻のノッポが持っているのはトカレフだ。
あのチビ男は肩を撃ち抜かれて立ち上がれないらしい。
『まず、銃を捨てろ』
俺は片手に持っていた拳銃を投げ捨てる。
『もうこれ以上武器は持っていないだろうな』
『俺はただの探偵だ。ハジキの所持は一丁までしか許されてない。こう見えても法治国家の人間だぜ』
『よし、じゃあ次はヒスイを渡して貰おう』
俺はもう片方の手に握っていたヒスイを地面に投げた。
ノッポが銃口を下げて、拾おうとしたその刹那だった。
銃口が下がったのを確認した俺は、背中に隠し持っていた特殊警棒を抜き、横殴りに顔面に一撃をくれてやった。
俺は奴の手から易々とトカレフを奪い取り、のっぽの腕を片手で逆に捻じり上げ、銃口をこめかみににむけ、
『拳銃は一丁しか持ってないが、他の武器は持ってないとはいわなかったぜ?
さあ、お前らの親分と俺が一緒にハチの巣になるか、俺がこいつの頭を吹っ飛ばすか、どうするね?』
『や、やめろ。撃つな!』さっきまでの威勢はどこへやら、のっぽは実に情けない声を出した。
『よし、だったらこのまま回れ右して、日本海にドブンして、祖国とやらに帰ることだな。今度の仕事にはお前さんらを逮捕することは入ってないからな。これ以上はなにもしない。その代わり銃だけはその場に置いてゆけよ』
奴らは大人しく言われた通りにし、銃をその場に置くと、のそのそと退散した。
『ああ、そのヒスイだけは土産にやるよ。もっとも中身は空っぽだがな』
もういいぜ、と、俺は後ろに向かって声をかけた。
母と息子はおずおずという感じで表に出てきた。
俺はヒスイを拾い上げ、彼女に手渡した。
『さて、これをどうするかは、あんたら母子に任せるよ。ああ、それからオリガさん、あんた一応母親なんだから、息子さんを北海道まで送っていっちゃくれないか?』
俺は腕時計に目をやり、時刻を確かめた。
『切りのいい時間だな。まだ一週間は経っちゃいないが、俺の仕事はどうやら終わりだ。差額は危険手当と経費を差し引いて、後は返すってことで良いかね?』
『分かりました。後で請求書を送ってください』
彼はにっこりと笑ってみせた。
*)この作品は作者の創造の産物です。従って登場人物、場所、その他全ては架空の存在であります。
寒い国から来た少年 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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