6ググ/憧れの生ユッケ丼
「おはよーございます!」
大きめの声がしたので目が覚めると、自分の顔の目の前にあるのは赤髪の少年の笑顔だった。
いつぞやかに乗った車の後部座席。制服姿のユング。窓からは朝日。
ググの記憶では、部屋に戻ってベッドに潜り込んだのが最後だったので、この景色と居場所に繋がらず、ググは数秒黙り込んでユングを見つめる。
自動運転車が道路を緩やかなスピードで駆ける一定の音の中、ユングが口を開いて手を挙げた。
「はい、僕、わかります」朝にぴったりの笑顔のまま、「お兄さんは何も把握してません」
「昨日部屋で寝たのが最後だからね」ググは目を閉じ直し、「また誘拐されたのか……」
「誘拐じゃないですよ、僕の準備よりお兄さんが起きるのが遅かったから無理矢理連れてきたんです」
「そっか、ありがと」
なんとなく、彼に何を言っても伝わらないであろうことは理解済みなので、ググはあっさり了承したフリをした。
拡張視界で時間を確認すると、まだ朝の九時だった。
恐らく今は昨日ジュノに言われた通り、
ジュノが言うには「僕の生徒に送らせる」とのことだったのでググはてっきりユナとユングの二人で送られるのかと思っていたものの、車内にはググの他にはユングしかいない。
ユナが来られないのであれば朝挨拶するつもりだったが、それもできず、最後にキリを姿を見ることもできなかった。
窓に広がる知らない景色を見つめながらその窓に頭を預けていると、ユングがググの思考を読み取ったかのように――実際に読み取っているだろうが――ユングがそっと口を開いた。
「ユナは、ジュノ先生のところに残るって。で、ググさんによろしくって、言ってました。キリさんもまだ寝てて、起こそうかと思ったんですけど、なかなか起きなくて」
ユングがゆすっても瞼をおろし続けるキリの姿が容易に浮かんだ。
「大丈夫ですよ! また会えますよ。先生が絶対会う機会作ってくれます。それに僕がしばらくいるじゃないですか」
「……そうだね。ありがとう」
「あ、そうそう、で、僕、首爾で行ってみたい店があったんですよ。付き合ってくれますか?」
言いながら、ユングはカラシ色のブレザーのポケットから電子フィルムを取り出し、開く。
それはクーポン付きの飲食店のチラシで、今時わざわざ電子フィルムで作られるのは珍しいものだった。
「じゃん、生ユッケ丼のお店です! 美味しそうでしょ? とある先輩お兄さんがよく行ってるって聞いて、行ってみたかったんです!」
いいんだけど、この状況でそんな観光みたいなことして大丈夫かな。
「ダメですけど、お願いです!」ググがわざわざ喋らずともユングが大きな声で返答し、ググの両肩に手を置く。「僕たちの学校と寮、確かに首爾にありますけど普段勉強や練習ばっかでぜんっぜん外出できないんです……! 僕、田舎生まれだから、たまにはご飯食べに行ったりしてみたいんです!」
「見たところ、このお店も田舎とそんなに変わらなそうだけど、大丈夫かな?」ユングの膝に落ちたチラシを一瞥し、「そういえば、ユングの出身てどこなの?」
「旧安東です」
「……そりゃ……そうか……」
「いまググさんの思い浮かべた旧安東の景色が見えましたけど、大体そんなかんじで合ってます」
「店の様子見た感じ、周りも中も人も少なそうだから行ってもいいけど、ジュノさんにバレないかな? バレたら何か言われるんじゃないかなと」
「お腹すいてご飯食べに行くのは仕方ないですし、そこらへんは僕が先生にうまく言っておきます!」
ググの了承がとれたところでユングは胸を撫で下ろし、そうやつシートに背中を預けて車の天井を見上げた。その目は心なしか普段よりも輝いており、チラシはユングの胸元でそっと両手に包まれる。
「はあ、楽しみ……」
「……よかったよ」
「あ、あとまだ行きたい所ありまして、ゲーセン、って言うのなんですけど」
「それはさすがにやめとこうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます