5 ググ/母と眠り姫

「キリに開発小板がない、って」


 たしかに、目の前の空色の髪の青年――ジュノは自分にそう言った。ググは、言われた事実を繰り返し、数度瞬きをする。


 そんな話、有り得るのか?


 は通常、開発小板チップがあって初めて、能力を発動することができる。


 小板を身体に埋め込むことは義務付けられていることだし、無能力者であっても生活には欠かせない、そして社会で生きていくには欠かせないものだ。


 無能のググにもそれは同じで、だからこそ、バイト先で見知らぬ男に開発小板を破壊されたかもしれなかったときは焦ったのだった。


 かつて、まだ開発小板がない時代――旧世では、開発小板無しで能力PKを行使できる者はこう呼ばれていた。


 超能力者。


 しかし、大半の超能力者のその能力は、嘘だったという。


 ググもその超能力者たちが出演する大昔の動画を第二新釜山の資料館で見たことがあり、たしかに能力を持つ者たちのように見えたが、解説によると、必ず仕掛けや人間の心理を巧妙に使ったただの「手品」にしかすぎず、彼らは超能力者ではなく「手品師」だった。


 それに、もうあまり「超能力者」という言葉は使われない。


 たまにその存在を囁かれる、開発小板無しで能力を行使できる者は、今ではこう呼ばれる。


 

 ジュノが、ぽつりと言った。


 それからどこか誇らしげに、いつもより声を高くして、


「キリは開発小板がないのにも関わらず能力を発動できる、所謂『全能』なんだ。例えば全能は、開発小板がなくとも、交通機関の生体認証はパス、無許可解錠もいくらでも可能。施錠レベルなんて、関係ない」


 柔らかい表情のジュノだったが、彼の表情は神妙なものへと変わった。


「国は隠しているんだ。キリの存在を。そもそもキリには生態情報もない。存在がないことにされている」


 とんでもない存在。


 ググはキリを見ると、キリは話の内容をなんとも思っていないようで、ニコニコとしながらケーキを食べている。食べているというよりは、がっついていた。


「有能開発学園、兼芸能事務所、裏では研究事務所のあの施設内で、研究員だったぼくの父と母の間でぼくの後に生まれたのがキリだ。


 生体情報を与えられない代わりにキリには何一つ不自由ないよう育てられるのが条件で、五歳までは自由に育てられた。――五歳まではね」


 これが父と母だよ。そう言ってジュノが写真のホログラムを見せる。


 ジュノの手のひらの上で、そっとホログラムが浮かんだ。


 若い頃の写真だろうか。


 黒髪の人物が二人、寄り添って笑顔で写っている。父であろう人物はジュノによく似ていて、母であろう人物はキリに少し似ている。


「パパ、ママ」


 キリがホログラムを覗き込み、手に取ってじっと見つめる。


 ググもキリと写真を見つめてみると、その写真の二人はどこかで見たことがあるような気がした。


 会ったことがあるのだろうか? キリとジュノに似ているから、そんな気がするだけだろうか。


 どこで見たことがあるのか思い出そうとしていると、ジュノが続けて口を開く。

 

「若いころの二人だよ。ぼくたちにそっくりでしょ。……二人はもういないけど。さっき話したジンの関係者に殺されたんだ。その後にキリが起こした事件をきっかけに、キリは表に出られないよう、ずっとあの部屋――自由と不自由が揃ったあの部屋で、監禁されて生きることになった。


 能力制御装置という手段もあったけど、倫理的な問題から、部屋に監禁されるというほうの手段がとられた」


 手のひらにそっとホログラムを浮かべたまま、キリはまだ両親の顔を見つめている。


「その後に、キリと出会ったのがテト。テトがたまたま部屋に侵入したのをきっかけに、テトだけ特別にキリに会える権利を得たってわけ。テトはキリのメンタル面でのサポート役になるんじゃないかっていう計らいもあって会うのを許可されたみたいだけど……結局元も子もなかったね」


 テトの名前をきいて、キリはジュノとググを見たが、ホログラムをジュノに返し、またケーキを口に運ぶ。


「それまで、医者や義父以外にキリと唯一定期的に会ってたのがテト。テトは理事長の養子で、理事長には何人も養子がいて、ぼくも両親を失ってからはそのうちの一人なんだけど――中でもテトはのうちの一人で、特別な養子、かつ学園の生徒だった。


 キリとは親友で、何年も一緒にキリと過ごしてくれたけど、テトの芸能の仕事が忙しくなるにつれてキリともそんなに会えなくなって、すれ違った結果が、この間の事件だよ」


 事件。あの有能開発専門の学園で起きた、死傷者を出した事件だ。


 ググの部屋で、キリは、ここから逃げてきたと言った。

 

 キリがケーキを食べ終わったところで、ジュノはキリの丸い額にやさしく手を置く。

 

 すると、キリはゆっくりと目をつむり、力が抜け、ジュノの肩に頭を預けて眠り込んだ。


「キリは部屋での生活に耐えられなくなって、部屋を出た」


 ジュノはキリの髪を撫で、床を見つめる。長いまつ毛の影が下瞼に落ちた。


「食事なんかを注文すると扉が開いて警備員が渡してくれるようになってるんだけど、それを利用したらしい。開いた扉から抜け出して、もちろん、警備員がキリを捕まえようとしたけど、警備員は皆殺し。アラートを聞き付けて来た施設関係者も、全員キリによって殺された。キリからしたら、キリを部屋に戻そうとする人間は全員敵だからね。キリの部屋の階は、血の海になった」


 キリと初めて会った日の夜、彼女が両頬にべっとりとつけていた血を思い出す。ググの心配をよそに、彼女は、怪我をしていないと答えた。 


 あの両頬を赤く染めていた血液は、他の誰かのものだったのだ。


「そしてここからはどうやったのか知らないけど……電車に乗ったのか、船に乗ったのか。なんらかの交通機関を使って、なぜかキリは第二新釜山まで逃げた……と」


 今話したこれれが、きみの知らない経緯だよ。


 そう言って、ジュノはビールを一口飲んだ。


「一方で、テトはキリを連れ戻さなくちゃいけなくなり、キリを探している。


 逃げてきたキリは、ググと出会った。ググはキリと出会って、そしてぼくとも出会った」


 ググが思うに、有能力者とここまで関わる日々は人生で初めてだった。小学校から高校までは無能力者しかいない学園に通っていたし、無能力者専用のというわけではなかったが、有能力者のための開発学園がある以上わざわざ開発カリキュラムのないの学園に通う有能力者なんて、いもしない。


 やっとの思いで入学できた大学も、そこそこのレベルではあるものの無能の集まる大学だ。小学校〜高校と同じく有能、無能とで初めから分けて決められているわけではいないものの、ググの進学した大学はほぼ無能力者の集まる大学だったし、だからこそググはそこを選んだ。


 数少ない友人も無能力者。同じアパートで仲良くなった隣人も無能力者。


 母も無能力者だ。母はあまり有能力者に近寄らない。嫌っている、というわけではなさそうだが、なんとなく苦手なような雰囲気は出ていた。


 そんな母が、今の自分を見たらどう思うだろうか。ググは、心配すると決まって「ググ、大丈夫なの?」と言ってくる母を思い出す。


 自分の母を――


「――あ」


 脳裏でさっき見た物と記憶が繋がり、ついググは声を漏らす。


「ジュノさん、あの、ご両親の写真もう一度見せてもらえますか」


 早口で口走ると、ジュノは目を丸くして「ん? うん」と、さっきのホログラムの写真をググに渡す。


 キリは眠らされているため、今度は一人でその写真を覗き込む。思わず力の入る眼球で、写真の隅から隅までを観察した。


 やっぱり、そうだ。でも、どうして。


 ググが顔を勢いよくあげると、ジュノは小動物のように驚き、小さな口をぽかんと開け、瞬きを数度した。


「ど、どうしたの?」


「あの、ぼく、この二人を見たことがあって……」思わず早口になりながら。ググは言う。「なんでだろうって思ってたんです。でも、思い出しました」


 ホログラムを手のひらに浮かべたまま、ググは慌てて言う。


「ぼくの母です。これ、ぼくの母が撮った写真です……母の写真のデータベースにたくさんこの二人の写真があって――」


 ググのその言葉をきいた瞬間、ジュノの表情は強ばる。


 それから何かを考えるように眉をひそめ、白い指先を顎へやった。


「……知ってるんですか? 母のことを」


「……うん。よく知ってるよ」


 困ったな。珍しく弱々しくジュノはそういい、前髪をかきあげて天井を一瞥し、それからまたググを見た。


「イ・ミンヒ。カメラマン。今は首爾ソウルを拠点にしてるはず。かわいらしくて綺麗なひとだよ。ぼくとキリの父と母の昔からの親友だ。ぼくもお世話になったよ。ミンヒさんは学生のときからずっとぼくたちの両親のことを撮り続けてくれた。けど――」


 ジュノの複雑な感情がそのまま露になる。彼は下唇を噛んでから目を細め、


「息子がいるだなんて、聞いてないんだ。かなり仲がよかったから、産まれたら絶対に話にあがるはずだし、両親もぼくも見に行ったはずなのに。それにミンヒさんは未婚だと言っていて――」


 ごめん、ググ。そう続けたジュノの眉尻が下がり、


「ぼくも混乱してきた。きみは本当にあのミンヒさんの息子なんだね?」


 ググは頷く。自分が唾を飲み込む音がした。


「それにしても、なんでググのことを隠していたんだろう」


「ぼくが、ジュノさんたちと違って、無能だからとか……」


「いや。そんな理由じゃない。絶対にね」ジュノは腕を組み、目を瞑る。「ミンヒさんはそんな嫌な有能力者じゃない」


 ジュノの言葉に、ググは二度目の衝撃を受ける。


 思わずソファから転げそうになりながら、ググは足を一歩前に踏み出し、


「今、なんて?」


「ん? ああ、要するに、ミンヒさんは息子が有能だの無能だの、気にするような有能力者じゃない、って……」


「ぼくの母は……無能力者です」


 ジュノの頭の上に大量の疑問符が浮かんだようだった。口を横に広げポカンとしながら、ジュノがググを見つめる。


 ググもググで、尚更理解できなかった。腰を中途半端に上げたままのググと疑問符を浮かべたジュノは、お互い相手が何を言っているのかわからず、数秒の沈黙を産む。


「……いや。ググ。きみのお母さんは有能力者だよ」あはは、と乾いた笑いを出してジュノが言った。「ぼくの両親も有能力者。ミンヒさんは二人と同じ大学に通ってたんだ。それに、ミンヒさんはぼくの父と一緒に有能力者専門の講義を受けた。それを受講するには有能力者であることが前提で、かつ、入講試験があって、大学の中でもトップレベルの講義だよ。きみのお母さんは大学生のころも優秀な有能力者だった」


 ジュノの話をきき、ググはソファに再び腰を落とす。


 自分が一切きいたことのない話に、もはや全身の力が抜けてしまう。


「ぼくは、母からは大学の話はきかされていません……ジュノさんのご両親についても、旧友、とだけ……」


 腕を組んだまま、ジュノはしばらく考えこんだ。


 膝に手をついて自分のほうを見る不安げな表情のググと目を合わせ、ジュノは拡張視界から電話帳を呼び起こす。ググにも見えるパブリックの設定で、ジュノは一つの連絡先に触れた。


 数秒、コール音が鳴る。


 やがてそれは鳴り止み、ググが――そしてジュノさえもが聞き慣れた声が部屋に響いた。


『もしもし? ジュノなの?』


「……ミンヒさん。お久しぶりです」


 相手の胸から上が立体ホログラムになり、ジュノとググの目線の交わるところに映る。


 ググには後ろ姿しか見えないが、その後ろ姿は声と同じく自分がよく知ったものだった。手入れされた長く美しい黒髪が、肩甲骨のあたりまで落ちている。


『本当に久しぶり。急にどうしたの? 元気してるの? ちゃんと食べてるの?』


「このとおり。ぼくは元気、ご飯お肉ちゃんと食べてます。……それより、ちょっと問題があって連絡したんですけど」


 ググ。


 ジュノがググを呼ぶと、ホログラムとして浮かんだ母、ミンヒはハッとググを振り返った。見開かれた目に、向こうもホログラムで見ているのであろうググの姿が映り込む。


 当然、ググよりは老けてはいるものの、実際の年齢よりも若く見える母は、相変わらず小綺麗だった。ググが似たその白い肌はジュノの部屋の中でより一層白く見え、困惑しているはずなのに、ほんの少し上がっている口角は彼女を若く見せる要素のうちの一つだった。


『ソンググ……』


 母がググを本名で呼ぶのは、ググを叱るときや、感情的になるときだった。


『どうして、ジュノと……』


 どうして、って、ぼくがききたいよ。


 そう言いたい気持ちで山々だったが、そう言っても母の質問に答えずに逆に自分の質問で立て続けに責めてしまいそうだったので、ググは口を噤む。


『まさか、あの事件に巻き込まれた……? でもどうしてググが。……それに』


 ジュノに向き直り、ミンヒはジュノに寝そべっているキリを一瞥する。


『キリもここに……行方を探されているんじゃなかったの?』


 ジュノの存在を知っているどころか、キリのことも知っているらしい。いまだに寝続けているキリを見て、ミンヒは、目を細めた。


『こんなに大きくなって……』


 言って、ミンヒはしばらくキリを見つめた。どこか懐かしがるような、寂しがるような目で。その目には涙が浮かびかけたが、ミンヒは目頭を指で抑え、ジュノに向き直った。


『どういうことなの? ジュノ。説明して』


「キリは逃げ、テトがキリを追ってます。キリが逃げた先に、たまたまググがいた。ぼくがテトよりも早くキリを見つけて、同時にググも連れてきて……キリがググから離れたがらなかったので。テトはいまだにキリを追っているし、ジンはキリを狙っている。それだけのことです」


『……テトラ』


「テトのことをご存知で?」


『ええ。よく』


「どうして……」


 ジュノの問いに、ミンヒは答えなかった。自らを抱くように腕を組み、目を瞑り、下唇を噛む。何かを我慢するかのように唇と手に力を込めたミンヒは、数秒黙り込んでからそっと口を開いた。


『ジンの息子よ』


 ジュノも知っていたのであろう、驚いた素振りを見せずに、落ち着いた様子で言った。


「はい。でも今はドウォンの息子です」


『……優しいのね、ジュノは。今は確かに、ドウォンくんの息子かもしれない。でも、あの子も、ジンと血が繋がっているということからは逃れられない。ごまかすことはできてもね』


 堪えきれずに、ミンヒの両目から涙が溢れた。


 微かに震える声でミンヒは、


『ググ。そこを離れなさい』


 ググが、なぜかを問う前にミンヒが続ける。


『離れたくない理由がある?』


 ジュノにキリを連れて行かれそうになったとき、同じようなことを聞かれた気がする。ググは、ミンヒから目を逸らした。自分でも何と言ったらいいのかわからなかったのだ。


「離れなきゃいけない理由は?」


 逆に、ググはミンヒに聞く。


 ミンヒは今度は何かを考えることもなく、即答だった。


『危険だから。あなたを巻き込みたくない。ググ。あなたは聞きたいことがたくさんあるでしょうね。わたしはあなたを巻き込みたくなくて、自分のことも、周りのことも、隠して黙っていた。全てあなたのため。だから、許してほしい……』


「…………」


『結局こんなことになってしまうだなんて、思ってもみなかった……でも、今なら大丈夫。戻れるから。また大学に戻って、生活をして、お母さんにたまに連絡して、普通に、平和に過ごしてほしい……』


「ぼくは、」


 少し大きめに声を出したググだったが、ミンヒに遮られる。


『ジュノ。ググのことを家に送ってあげてほしい。それか、首爾ソウルのわたしの家でもいい。そこがどこなのかわからないけど、首爾のほうが近いならね』


 言われ、ジュノはキリを見る。今は眠っていて静かだが、ググの部屋でキリだけを連れていこうとしたときのキリを思い出したのか、苦い顔をする。同時に、ググも二人であのニュースを見たときのキリを思い出した。


 一度天井を仰ぎ、それからジュノはミンヒに向き直る。「……わかりました」


 ググはジュノを見た。それは、ググとしても、すごい早さだったと思う。


 ここにいたい、とググが言う権利はない。


 ミンヒが安心しようとしていたところで、ジュノが続ける。


「けど、今のぼくがググを送るのは、少し危険かも。恐らく、ぼくもジンに目をつけられてます。実際、ぼくがテトとぼくの妹を確保しようとしていた施設に先回りしてた手先の女がいる。向こうはググのことを知らないにしろ――ぼくの同行は危険だ」


 ジュノは腕を組み、


「……少し心配だけど、ぼくの生徒にググを送らせます。ぼくが送るよりはいいでしょう。ググの家ではなく、首爾へ。その方が近いですし、生徒の宿舎もあってぼくとしても安心です」


『わかった。こっちね。ありがとう、ジュノ』


「いえ。ぼくもキリのことしか考えず、無理矢理ググを連れてきたので――大学を休ませてしまった分はぼくがどうにかするので、そこらへんは安心してください。


 生徒にもこのことを話さなくてはならないし、彼等ももう寝ているし夜遅いし、出発は明日の朝かと……」


『大丈夫。それなら、この後わたしの自宅の位置情報をジュノに送るから。それか、ググがジュノに送ってくれるかな』


「じゃあ、ググからもらいます。生体情報交換ついでに」


『わかった。じゃあ、よろしくね……』


 ミンヒは、最後にググに何も言わずに通話を終了させ、姿を消した。


 あまりにも早い展開にググが呆然としていると、ジュノはググに体を向けた。


「ていうことだから。今度こそお別れだね。こっちに来てもらったばっかりなのに。ごめんね」


「いえ……」


 ジュノが、そっとググの耳たぶに触れる。生体情報を交換するのだろう。それはテトと同じやり方だった。


 拡張視界に浮かんだジュノの生体情報を受け入れ、自分のも送信する許可をする。


「寂しい?」


「え?」


 唐突の質問に、ググは顔を上げた。そこでようやく、自分が俯いていたことに気づく。


「ググは、キリと離れるし。ユナ、ユングとも。もう会えないかもしれないから」


「……そうですね。少しは。寂しいです」それは、本音だった。「それに、いつもとは違う日々だったから……確かに、母さんはぼくに平和に平凡に暮らしてほしいのかもしれないけれど……」


 ググの正直な言葉をきいて、ジュノは、優しく、そしてどこか悲しげに微笑む。


 それから、目を細めて笑い、白い手で乱雑にググの頭を撫でた。なぜだかドキドキしながらググがジュノを見ると、ジュノはググの肩に手を置き、


「やっぱり、もう会えないかもなんて、嘘。全部落ち着いたら、また会おうね。キリも連れてくるよ」


 ぼくがなんとかする。


 そう言ったジュノの手は温かく、


「キリのこれからも、ジンのことも――なんとかする。キリはもっと自由に生きて、ぼくはキリと一緒に過ごせて、そしてみんな平和に安全に暮らす。それがぼくの夢なんだ。それが叶って、ググもまた、日常に戻って。それからまたみんなで会おうね。きっとすぐだよ」


 少し、顔が熱くなるような感じがした。照れ臭くて、ググもまたジュノに笑いかける。「はい」と返事をして、キリを一瞥した。


 何も知らないキリは、眠り続けている。


 そのまま――自分が明日の朝に発つということを知らないまま眠っていてほしい、と、ググは願うばかりだった。

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