エピローグ・上
「ああ。それじゃあ明日、空港で」
ウィルソンの電話を切る声が、廊下から聞こえてきた。その声を聞いて、耳を塞ぎたい気持ちで一杯になる。
キャロルは部屋を見回した。この家に来てから、ウィルソンに与えられていた部屋。初めは面食らった。年頃の少女が生活するに、最適な部屋だったからだ。可愛らしいぬいぐるみや化粧用品なども容易されていて、どうにもリアクションに困った。用意周到なことだと、当初は思った。だが、今なら分かる。これは、妹を偲んで用意された部屋だったのだ。
護衛が始まって1ヶ月半。遂に事態は解決を迎えた。エコーズという殺し屋が、キャロルを狙っていたマフィアを潰してしまったからだ。
思えば悪くない生活だったように思える。初めは殺し屋に護らせるなど、叔父も何を考えているのかと憤っていた。殺し屋が普通の人間めいて話しかけてくることも気に入らなかった。だが、一緒に生活していくうちに、彼もまた普通の人間なのだろうと思うようになった。料理が上手く、会話下手で、まるで親戚のように気を使ってくる。
彼が特別なのだろうか。
チェイスという刑事は、彼の仕事を肯定すらしていた。クズしか殺さないヒーローだと。
それが許せなかった。どうしても許せなかった。
ウィルソンを好ましく思っている自分。
殺してやりたいほどに憎んでいる自分。
その狭間でキャロルは苦しんでいた。
ウィルソン・ウォーカーはキャロルの父を殺したからだ。
キャロル・キャンベル――本名はキャロル・ターナーという。10年前に海軍将校だった父が殺され、母も既に他界しており、引き取られる親戚も居なかった。そのため、親交のあったキャンベル家へ引き取られたのだ。
実父が殺し屋に殺されたことは知っていたが、当初はそれがウィルソンの仕業とは気が付いていなかった。気が付く筈も無い。当時キャロルは4歳。実父の記憶すら曖昧だった。ただ、暖かな温もりだけが残っていた。
記憶が掘り起こされたのは、チェイスが訪れた日。ウィルソンが身に付けていた銀の懐中時計を見た時だ。妙な違和感に襲われた。その正体が何なのかは不明だった。だがある日、夢を見た。幼い日の記憶。父の懐中時計を落としてしまい、傷を付けてしまった夢。その夢は、殺し屋がウィルソンによって撃退された日に決まって現れ、キャロルの心を陰鬱なものにした。初めは鮮明に思い出すことが出来なかったが、何度も見ると記憶に染み付いた。
エコーズ襲撃の際、ウィルソンはキャロルを地下射撃場へ押し込んだ。この家で最も安全な場所だからだ。そのようにキャロルを隔離することがこれまで無かったので、恐怖に怯えていた。その時、ふと倉庫へ入ったのだ。もっと深い場所へ隠れたい。誰にも分からない場所へ潜んでいたい。そう思ったからだ。
そこで、見つけてしまった。
あの懐中時計を。
ウィルソンには殺した相手の物品を1つ持ち出す悪癖が有った。何処に仕舞ってあるのか疑問だったが、地下の倉庫へ保管していたのだ。
懐中時計を調べると、傷が有った。夢に見た、あの傷だ。
キャロルは確信した。実父を殺したのはウィルソンだと。
いつか、キャロルはウィルソンに尋ねたことがあった。復讐したいか、と。彼はそれを、悪いことじゃない、と肯定してくれた。
ウィルソンは悪い人間ではないのかもしれない。
だが――。
世の中にはどうしようもないことがある。
覚悟だ。覚悟を決めなければならない。許せないことは許せない。実父はクズだったのかもしれない。しかし、それとこれとは別の話だ。運命に決着を付けなければ、この先の人生に残るものは何も無い。
キャロルは銃を構えてウィルソンの部屋を訪れた。その手にしっかりと銀の懐中時計を握り締めて。
さして驚くでもなく、彼はこちらを見ていた。何の動揺もない。まるでこうなる事を見越していたかのような反応だった。
「知ってたの……? 私が、昔に殺した人の娘だって」
喘ぐように言った彼女に、ウィルソンは冷たく応えた。
「ああ。お前のオヤジはクズだったよ」
――彼女の結末を知る者は居ない。
とある殺し屋の理想的な結末 @bagu
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