第70話 エピローグ〜藍田side5〜

 ──嬉しかったことがある。


 付き合って暫くした後、私と桐生くんはショッピングモールへデートに行った。

 ありふれた、どこのカップルも体験していそうな、普通のデート。

 そんなデートでも、私にとっては紛れもなく特別な日だった。

 今までは上手く自分を出すことができていなくて、それはきっと桐生くんも同じで。

 でもその頃はもう、お互いが遠慮なく言い合える関係になっていたと思う。

 静かに幸せを噛み締めながら、私は桐生くんの横を歩いていた。


 手を繋げはしないけど。

 腕を組めはしないけど。


 何気ない会話が、私の気分を高揚させる。


 過去の話になった。

 私が"高嶺の花"と呼ばれた原因について。

 迷ったけど、包み隠さず全部言った。

 言いながら、なんで高嶺の花ってあだ名が高校にまで引き継がれているんだろうと今更ながら思った。

 その答えを、桐生くんは少し思案してから言った。


「……そりゃま、面白いからな。実際にそんな呼び名で呼ばれる人がいるなんて思う人は少ないだろうし、だからこそ藍田のことを話す間はみんなフィクションの世界に入った様で高揚する」


 私の仮面が、好きな人によって剥がされていく。

 剥がれた仮面の一部は音を立てて割れる。


「俺は理解したいよ。お前のこと、ちゃんとさ」


 そこ居たのは、紛れもなく"私"だった。


「変わったね、桐生くん」

「お前もな」


 桐生くんは私を見ながら、小さく笑った。

 私はずっと望んでいた。

 好きな人に、"私"という存在を見つけてもらうことを。

 その"私"を好きになってもらうことを。


 見つけてもらった。

 桐生くんという、不器用ながらも人の在り方に真摯に向き合う、優しい存在によって。

 でも、好きになってもらっていない。

 そのことくらい、桐生くんの表情を見れば分かる。

 きっと桐生くんは今、好きだと感じるまでの過程に、彼独自の考えを埋め込んでいる。

 それを踏まえて、私を好きになってもらうには。


「変われるといいんだけどね」


 桐生くんが変わったように、今度は私が。

 仮面を剥がすとか、そんな問題じゃない。

 変わるのは、仮面の内側にいる私。


 変わらないと、人に真摯に向き合おうとし続けるこの人には、釣り合わない。


 私は、決心した。

 今度は逃げない。

 演技をしない。


 "私"の言葉で、"私"の想いを、率直に。




 ──でも、遅すぎた。


 今でも、線香花火の情景が目に浮かぶ。

 あの瞬間、確かに私たちは通じ合っていたと思うけど。


「仕方ないね」


 私は香坂さんと桐生くんの背中を眺めながら、短く息を吐いた。

 自分が変わったと自覚するのは、きっともう少し先のこと。


 ──理解したいよ。


 好きな人に、言われた言葉。

 二人きりのデートで、言われた言葉。

 一度だけ、たった一度だけのことだけど。

 私にとっては、大切な思い出。


 夕暮れに飛び交う赤とんぼに、私は大きく手を伸ばした。

 赤とんぼは一瞬私の指先で羽を休め、再び飛翔する。

 嬉しかった、甘酸っぱい、そんな青春の一ページ。

 そんな思い出を赤とんぼに乗せて、私はまた歩き出す。


 藍田奏わたしは、歩き出す。





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【作者のあとがき】※興味ある方だけ!






  






作者のあとがきを目にしたくない読者の方もおられると思いますので、沢山改行させていただきました。


……という訳で、本編完結致しました!

単行本2冊分という長いようで短い文量ではありますが、ここまで書き上げられたのはひとえに読者の皆様に支えていただけたお陰です。ありがとうございました!


この作品は「意外と恋愛と部活要素が被ってる作品少ないなぁ、そうだ自分で書こう!」という安直な考えから書き始められたものです。

いざ書いてみると難しいながらも楽しく、沢山の読者の方にも恵まれ、貴重な経験をさせていただきました。

一応プロットは組んでいたのですが、たまに登場人物がおかしな方向に進んでいきそうになって、「キャラが勝手に動くってたまに耳にしてたけど、こういうことだったんだ」と書き手になってから強く実感しましたね…(特に幼馴染の理奈は問題児でした。過去編で主人公陽介が藍田さんに振られた場面、現場に飛び込んで以下略)


この作品は私にとっての初めての作品だったので思い入れも強く、読者の皆様からいただく感想やレビューはいつもとても嬉しかったです。

その為本編を完結させることに寂しい気持ちもあったのですが、それ以上に綺麗に完結させたいという気持ちが強く、当初から予定していた流れで完結とさせていただきました。

また低頻度ではありますが、サイドストーリーや後日談なども更新させていただければと思います。

更新されたら、「寂しい気持ちを紛らしにきたな」と温かい目で読んでいただけたら幸いです。


その他、私自身の別作品に興味を持っていただけた方は、『カノジョに浮気されていた俺が、小悪魔な後輩に懐かれています』という作品がありますので、ぜひ読んでみてください。

新作もまた近いうちに投稿予定ですので、サイドストーリーの更新のタイミングでまたお知らせ致しますね。ユーザーフォローなどして頂くとお見逃しもないと思いますので、よろしくお願いします。


それでは、失礼致します。

ここまでお付き合い頂き、本当に、本当にありがとうございました!

またどこかの作品でお会いできることを祈りながら、一旦筆を置かせて頂きます。

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【完結】高校で幼馴染と俺を振った高嶺の花に再会した! 御宮ゆう @misosiru35

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