第24話 木々に積もる雪
夕食はダリュシュとその親族らしき人たちと食べた。
献立は粉ふきいもと黒パン、そしてスープである。料理の味はさすがに少々なつかしい。しかし会話がはずまない上にあまり量もなかったので、すぐ食べ終わってしまった。
その後、特にやることもなく暇だったので、シャラーレフは屋敷の周りの森を散歩してみることにした。
うっそうと茂る木々が風でざわざわと音をたてて揺れれば、枝に積もった雪が落下し砕ける。何となく歩くには寒すぎたが、暗闇に浮かぶ木々の変化をぼんやりと眺めるのも悪くはなかった。
ついでに武器の積まれた馬車の様子も見ておこうと思い、屋敷の横の空き地に行ってみた。
そこには、おそらく見張りなのかダリュシュが立っていた。シャラーレフがいることに気づいたダリュシュが尋ねる。
「どうかしたか? シャラーレフ姫」
ダリュシュの白い細面の顔は、暗い中でもよく見えた。
「いえ、何でもありません。ただちょっと、武器を見ておきたいと思っただけです」
シャラーレフは頬にかかる髪を耳にかけながら、ダリュシュに近づいた。
「今は私がこうして見張っている。安心してほしい」
ダリュシュは荷台の縁に腰掛けた。
「そうなんですか。ありがとうございます」
シャラーレフも別の荷台に座った。ちょうどダリュシュと真っ直ぐに向き合う形になった。ダリュシュは布のかけられた大砲を背にしていた。
「明日この武器とともにジャヴァーンに出発するのは、八時でいいか?」
「はい。あなたたちの都合に合わせます」
ダリュシュの確認に、シャラーレフは顔を上げて答えた。
祖国に戻ることが終わりではない。反乱軍の拠点ジャヴァーンにいる、依頼人兼支援者のバルディア将軍のもとに武器を届けるまでが、シャラーレフの商人としての仕事である。
「では、八時に出発できるように、七時には食堂に下りてきてほしい。朝食を用意しておこう」
ダリュシュは事務的に、無駄なくシャラーレフに伝えた。
確認事項が消えて、二人は話すことがなくなる。
気まずさを感じるほどの親しさもなかったが、ダリュシュは一応話を切り出してくれた。
「ここにある銃は、今までの銃と何が違うのか?」
ダリュシュは木箱からライフル銃を一つ取り出していた。
「何でも、銃身の内側に溝があって命中率が上がったらしいですよ。弾の種類も変わって、威力も強くなったそうです」
シャラーレフはキルスやルトから聞いた話を思い出しながら答えた。
「使い方は?」
ダリュシュは何もない方向に銃を構えた。
「基本的には一緒ですが、少し違うところもあります」
シャラーレフも近くにあった木箱から武器をつかみ、装填を実演してみせた。銃を手に戦う予定はなかったが、扱い方だけは学んであった。
「なるほど。違いがそれだけなら、移行も思ったよりも簡単そうだ」
ダリュシュは興味深げにシャラーレフの手付きを見つめうなずいた。
「では、他の武器は?」
「機関銃と大砲には説明書があります。機関銃はちょっと複雑なので、機械に詳しい人に読んでもらった方がいいかもしれません」
「そうか。説明ありがとう。やはり機関銃の方は導入が難しいのだな」
そう言って、ダリュシュはライフルを木箱に戻し、荷台を下りた。
灰色の野暮ったい外套が重たく揺れる。そしてダリュシュはおもむろにシャラーレフの前に立った。
「シャラーレフ姫。あなたはこの武器がどのように使われることを望む?」
急な方向性の違う質問に、シャラーレフは少々驚いた。だが、気弱に見られたくなかったので、はっきりと答えた。
「もちろん、ゲルメズを打ち倒し、祖国セフィードを救うため、です」
むしろそれ以外に何があるのだろう、とシャラーレフは思った。
シャラーレフのよどみのない言葉に、ダリュシュは笑みを浮かべた。
「当然、あなたはそう答える人だろうな」
「何か、おかしなことを言いましたか?」
問いの意図がつかめず、シャラーレフはダリュシュの顔を見つめた。だが、その表情は黒縁の大きな眼鏡に隠されて、どんなことを考えているのかわからなかった。
「いや、別に」
ダリュシュは本当に何もないかのような、適当な相づちをうった。そして、屋敷の方を見る。
「今日はもう遅い。明日からまたジャヴァーンに行くのだから、シャラーレフ姫ももうそろそろ寝た方がいいのではないか?」
屋敷は窓から光がもれて、オレンジ色に暗闇に浮かび上がっていた。
シャラーレフはダリュシュが考えていることをもうすこし知りたい気がした。しかし、明日のこともあるというのももっともだと思った。
シャラーレフは馬車から腰を上げ、軽くお辞儀をした。
「そうですね。では。おやすみなさい」
「では、明日に」
ダリュシュは玄関までシャラーレフを見送ると、また馬車の前へ戻って行った。
シャラーレフは部屋に戻りながら、ダリュシュが何を確認しようとしたのか考えた。だが、結局わからないままベッドに入って眠りについた。
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