第4話 キャラーグ商会
(この国はいろんなことがセフィードとは違いますが、冬の寒さだけはそう変わらないですね。まだ冬の初めだというのに、着込まないと外を出歩けません)
シャラーレフは故郷から持ってきた白いコートのボタンを上まで留め、歩いていた。上等な毛皮を使って仕立てられたそのコートは、時々はたくだけで汚れを落とせる優れものだ。
揃いで作られたつば無しの帽子も被り、防寒対策はばっちりである。
曇天の空の下に並ぶ街の建物はどれも可愛い三角屋根で、色とりどりのパステルカラーでまとめられていた。道も乳白色の石畳で覆われ、綺麗だ。
昼間でも暗いことを考慮してか、ところどころで街灯が灯されている。道の真ん中を通る運河が景色をきらきらと映し、まるで街全体が宝石箱のようであった。
(ここは戦場にならなかったから、古い街並みも残ってるんですね)
シャラーレフは目的を一瞬忘れ、古風で雅やかな風景をうっとりと観光した。
花屋に雑貨屋、本屋に食堂、さまざまなお店の吊り看板が目に入る。どの看板も凝った意匠で、眺めているだけで心が躍った。
街行く人々も皆笑顔で買い物や食事を楽しんでいるので、シャラーレフも思わず何かを買ってしまいそうになる。
(駄目です。私は仕事に来たんです。クーチェ通りの三番地を、早く探さないといけません)
素敵に彩られた木彫りのオーナメントや、瓶にぎっしりと詰められた砂糖菓子の誘惑と戦いながら、シャラーレフは進んだ。街に到着した時に買った地図を見ながら、目的地を目指す。大通りから少し入った人通りが少ない道を歩いても、荒れた雰囲気はなかった。
いくつか建物を通り過ぎると、カラスの描かれた丸い吊り看板が目に入った。
それには、金属細工でキャラーグ商会と書かれていた。
(あれですか)
シャラーレフは少し離れた所で立ち止まり、店の様子を伺った。
赤い三角屋根に白い壁の、民間軍事会社にしては可愛らしい小さな物件だった。窓からは明るい部屋の光が漏れ、木製のドアには営業中の札がかかっている。
(ちゃんとお店はやっているみたいですし、とりあえず入ってみましょう)
シャラーレフはそっと近づき帽子を脱ぐと、ドアノブを回し開けた。
同時に、チリンとベルが鳴る。
「ごめんください」
なるべく堂々と、声をかけた。
木調の柔らかい雰囲気のこぢんまりとした店内。
その中にいる、三人の黒い服を着た人影が目に入る。
「民間軍事会社キャラーグ商会にようこそ、お嬢さん。一体何のご用かな?」
人懐っこくあいさつをしたのは、簡素な木製のカウンターに座る男だった。
茶髪のくせ毛を後ろでまとめ、白いシャツに黒いベストを着ていた。わりと綺麗な顔立ちをしてはいるが、齢は二十代後半といったところだろうか。若作りをしているような、そんな印象を受けた。
「ここは菓子も髪飾りも売ってないからな。店を間違えたならさっさと出ていけ」
モップで木床を磨いていた青年は、思いきり嫌そうな顔でシャラーレフを迎えた。
浅黒い肌に、短く刈った黒い巻き毛。そして意思が強そうな黒い瞳が、凛々しい印象を与えていた。しかめっ面をしているが、こちらもそれなりの美形である。
「キルス、お客さんにその口の利き方は駄目だよ」
茶髪の男があきらめたような口ぶりで、青年をたしなめる。
「あんたが間違えてこんな変な貸家を借りるから、こういう勘違い客が多くて困ってるんだろうが」
青年はいらいらと、その男にも毒づいた。
(私を勘違い客とは、ずいぶんな扱いですね。舐められては困ります)
正当な客として見られてないことを、青年の言葉から理解したシャラーレフは、少々かちんときた。
「私はゴルネッサ夫人の紹介でここに来ているのです。間違いではありません」
澄んだ緑色の目をきつく光らせ、黒髪の男を軽くにらむシャラーレフ。
黒髪の男は悪びれることなく壁にもたれ無視をした。
店の奥の方を見ると、三人目の人間がいた。
本棚の影から何も言わずにじっとこちら側を見ているその姿は、非常に不可解だった。店内はストーブが置いてあり暖かいというのに、黒いだぼだぼのコートを着て、そのうえフードまで被っている。最もおかしいのは顔で、全体を覆うガスマスクしていてまったくどんな様子かわからなかった。
「夫人の紹介なんだ。こうやって仕事を回してくれるとは、うれしいね」
茶髪の男はそう言って、ガスマスクの男に目配せした。
ガスマスクの男は後ろに引っ込むと、金属製のポットと陶器の小さなマグカップを持って再び現れた。
「ほら、キルスもお客さんのコートを預かって」
茶髪の男が、急かすようにうながす。
キルスと呼ばれた黒髪の青年は、舌打ちをして無言でシャラーレフに近づいた。
「ありがとうございます」
シャラーレフは少し冷ややかに微笑み、コートを脱いで帽子と一緒に手渡した。
間近で見ると、キルスという青年は元兵士らしくよく鍛えられた体をしていた。背はあまり高くないが、黒いシャツの上からでもほどよく筋肉がついていることがわかった。
「では……」
青年は不平顔でコートを受け取ると、部屋の隅のハンガーにかけた。
(一応、接客らしきことはやるのですね)
不服そうではあるが指示にはちゃんと従う青年に、シャラーレフは少し感心した。
キルスを冷静に観察するシャラーレフに、茶髪の男が椅子を指し示す。
「どうぞ、お嬢さん」
男はすっきりと整った大人っぽい顔立ちに、軽薄な笑みを浮かべていた。傭兵というよりはジゴロの方が似合いそうな佇まいである。
シャラーレフは席につき、男に向き合った。
(彼らがいまいち信用されていないというのが、少しわかるような気がします。でも、荒っぽくなさそうなのは悪くないです)
少なくとも三人のうち二人は、それなりにまっとうな人間であるように見えた。残りの一人のガスマスクの男も、仰々しい外見のわりには妙に生活臭がする部分もある。
「僕の名前はルト。お嬢さんの名前は?」
ルトと名乗る茶髪の男は、馴れ馴れしく名前を尋ねた。
「私はシャラーレフ・ラフシャーンです。よろしくお願いします、ルトさん」
とりあえず、シャラーレフは名前だけを告げた。
「よろしく、シャラーレフ。その目つきが悪いのがキルスで、ガスマスクをしているのがサームだよ」
ルトが紹介すると、ガスマスクの男は黒い手袋をはめた手でシャラーレフの前にマグカップを置き、金属製のポットからコーヒーを注いだ。
「サームはこう見えて、一番コーヒーを淹れるのが得意なんだ」
ルトは説明を補足すると、シャラーレフにコーヒーを勧めた。
「ありがとうございます」
シャラーレフはガスマスクの男に微笑し、お礼を言った。
だが男は無言で、奥の扉の向こうへ戻っていった。そして戸の間から黒いゴムで覆われた顔を出して、こちらを伺う。
(いくらコーヒーがおいしくても、あの服装はどうでしょう? 人に顔を見せられないほど怪我をしているとか、そういう人なのでしょうか)
シャラーレフは異様な姿のサームという男を訝しんだが、表情には出さなかった。マグカップを持ち上げ、一口いただく。
(たしかに、よい味ですが)
すっきりとした酸味のある、飲みやすい味わいだった。
シャラーレフは二口目も飲むと、カップについた口紅をぬぐった。
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