第27話 そして扉は開く

 そのとき、扉が勢いよく開く音がした。

 銃声ではない音が響いたことで、シャラーレフは混乱した。


「ダリュシュさん、あの、その、大変なことが……」


 若い村人であろう男が。ダリュシュに何やら報告しにきたようだった。

 ダリュシュは手を止めて、いらいらと答えを急かした。


「何だ、用件を早く話せ」

「バルディア将軍の軍がここに……っぐ⁉」


 若い村人が言い終えないうちに、鈍い衝撃音とともに人が倒れた。若い村人は何者かに殴られたらしい。


「なぜ、お前が……!」


 次いでダリュシュが叫び、銃声がした。

 だがすぐにまた人が倒れた気配がして、ダリュシュの声もしなくなった。


 誰かがシャラーレフに近づいて来てた。

 ダリュシュとは違う暖かい手が、頭に被せられた袋をはずす。ゆっくりと顔をあげると、そこにはキルスの浅黒く凛々しい顔があった。


「あ、れ……夢ですか?」


 さっきまで心に描いていた姿が現実にあることに、シャラーレフは驚いた。

 死ぬ辛さを忘れさせる幻か何かではないかと思えた。


「何騙されて殺されかけてるんだ。あんたは本当に馬鹿だな」


 キルスの顔は口を開き、だいたい思っていた通りのことを言った。

 その苛立った声を聞いて、シャラーレフの胸に暖かいものが広がった。


「私を助けに来てくれたんですね、キルス……」

「違う、俺たちはここにバルディア将軍に雇われてここに来ただけで……」


 シャラーレフの嬉しげな反応をすぐさまキルスは否定した。だが、その不機嫌そうな表情は、シャラーレフの肩の傷を見ると痛ましげなものに変わった。

 切り裂かれた布の隙間からのぞく凄惨に肉をえぐられた傷口に言葉を失い、ふがいなさを悔やむようにくちびるをきつく結ぶ。その優しい真摯な同情に、シャラーレフの心は締め付けられた。


(あなたまで傷つかないでください。余計に苦しいです)


 シャラーレフはうつむき、目をそらした。

 キルスは何も言わずに、床に倒れているダリュシュの外套のポケットを探って鍵の束を取り出した。 


「じっとしてろ」

「はい」


 言われなくてもシャラーレフはもうあまり動けないのであるが、キルスに話しかけてもらえるのが嬉しいのでしっかりと返事をした。


 キルスはシャラーレフの足下に屈み、鉄の枷を一つ一つ外していった。痺れたような感覚が、手足に広がっていった。

 枷を全て外し終えると、キルスはベルトにぶら下げたポーチから布を取り出しシャラーレフの肩にきつく巻いた。そして自分の黒い革のジャケットを脱ぐと、シャラーレフに被せた。


「しっかりつかまっていろ」


 そう言ってキルスはシャラーレフの腰に手を回し、土のうを担ぐようにそのままシャラーレフを肩に抱え上げた。


「……ありがとう、ございます」


 シャラーレフは安心しきって、キルスにぐったりと身を委ねた。

 ダリュシュの体を乗り越えて、キルスが歩き出す。


 うつ伏せに倒れるダリュシュを、シャラーレフはキルスの肩の上から見た。


「……彼は死んだんですか?」

「気を失っているだけだ」


 キルスは立ち止まらずに答えた。

 そして二人は地下室を後にした。


  ◆


 なるべく敵のいないところを通って、キルスはシャラーレフを抱えて屋敷の外に出た。

 屋敷の外では、どうやらラースト村と、なぜか彼らの裏切りを察知しやって来たバルディア将軍の軍が戦闘を始めているようだった。


「……どこへ、向かうんですか?」


 シャラーレフはキルスの黒いシャツを着た背中に尋ねた。

 キルスは曲がりくねった森の中を進みながら答えた。


「あんたを連れてバルディア将軍のいる本隊に戻るのは、この戦闘の中では無理だ。ここの屋敷の裏の山にあるらしい洞窟に隠れてやり過ごす」


 確かにシャラーレフの体力的にも、あまり長い距離は移動できそうになかった。

 雪の積もった地面に点々と自分の血が垂れていく様子が、キルスの肩に担がれたシャラーレフにはよく見える。


(キルスの服も、駄目にしてしまいました……)


 自分の血でキルスのジャケットを汚してしまったことを、シャラーレフは申し訳なく思った。だが今後無事にその埋め合わせができる可能性は、あまり高くはない気がしていた。

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