第15話 宴会と羊肉

 レンガ造りの円形の室内は、村中の人々が集まっているのか、にぎやかを通りこして騒がしかった。盗賊を退治した一行を歓迎するという名目で開かれたらしいその宴は、段々趣旨を忘れているようだ。


 部屋の中央にある煙突付のストーブの近くで楽士が見たことのない弦楽器を奏で、若い男女はその楽しげな旋律にあわせて踊っている。あと人々は飲んだり話したり、自由に過ごしていた。椅子はなく、皆派手な幾何学文様の入った絨毯の上に直接座っていた。


(私たちは口実で、結局この人たちは飲みたかっただけみたいですね)


 シャラーレフは陶器の大きな杯に入った乳白色のお酒をちびちびと飲みながら思った。独特の酸っぱい風味があるそのお酒は、慣れてないせいか一気に飲むと頭がくらくらした。


 お昼ごろから始まった宴は、夕方を過ぎてもまだずっと続いていた。仕事を終えた村人や村外からの来訪者などが来て、参加者はずるずると増えている。


 机には塩茹でされた羊の肉やチーズの盛り合わせ、黒ソーセージなどが目いっぱいに並んでいた。皿が空になる度に山盛りの皿が現れ、料理も酒も尽きることはない。

 羊の肉はほろほろと柔らかく、チーズも牛乳の風味が残っていて美味しい。黒ソーセージも普段食べているものよりも粘り気があり、コクのある味だ。


 どれも素晴らしい品であるが、さすがのシャラーレフも昼から食べ続けて満腹だった。目の前にあればやはり食べてしまうのだが、あまり胃に入らない。


 羊の肉を噛みしめながら、シャラーレフはあたりを見回し他の三人を探してみた。


 まず、背の高いルトがすぐに見つかった。


 ルトは村の女の子に囲まれて、楽しそうに踊っていた。その親しみやすくも整った顔立ちと甘い笑顔は、田舎の女の子を夢中にさせるのに十分すぎる力を持っているようだ。女の子は皆うっとりとした目でルトを見ていた。

 さらに借り物のご当地の丈長の服が、背の高いルトをより素敵に見せていた。ルトが女の子をリードして回るたびに、刺繍に縁取られた裾が翻り、後ろで束ねられた髪が揺れる。


(こうやって見ると、普通に格好良いんですけどね。三十過ぎてるとは思えないほどに)


 シャラーレフは見目だけは良い旅芸人を見るような気持ちで、ルトを眺めた。


 サームの方はガスマスクがないのでコートのフードをしっかりと深く被り、部屋の隅で骨のついた大きな羊の肉をかじっていた。はかなげなコートの下の姿を知ってしまうと、その食べる量がより異常に感じられた。


 外にいるのか、キルスの姿は見えなかった。


「武器商人どの、楽しんでいるか?」


 ティウが酒の入った瓶を片手に、シャラーレフの隣に座った。ほろ酔いらしく、頬がほんのり色づいていた。昼から晩までものすごい量を飲んでいるわりに、酔いつぶれていないのが驚きだ。


「はい。お酒も料理もとても美味しいです」


 シャラーレフは軽く一礼し、微笑んだ。

 ティウは上機嫌でシャラーレフの杯に酒を注ぎ、自分の杯も満たした。


「私も今日はまた一段と酒がうまい。あなたたちが賊を殺してくれたおかげだ」

 酒を一気に飲み干し、ティウは笑った。


 人が死んだことでここまでめでたくなれるとは、なかなか肝の据わった人だな、とシャラーレフは思った。


「女子同士の話には、甘いものが必要だな。ダラェ!」


 ティウが大声で呼びかけると、ダラェがおずおずとドーナツのようなものとミルクティーののった皿を持って現れた。ダラェは机の上に皿を置き、不信そうにシャラーレフを見た。その目にわずかだが敵意が含まれているのを、シャラーレフは感じ取った。


 ダラェはすぐシャラーレフから目をそらし、部屋を出た。シャラーレフはつい、その姿を目で追った。


「ダラェは先の大戦で生まれ故郷を焼かれ、この村に来たんだ」

 シャラーレフの様子に何か思ったのか、ティウがおもむろに言った。

「だからダラェは兵士全般が苦手だし、そういう人間を従えているあなたも好きにはなれないのだろう」

 廃都となっていたバナフシェを思い出し、シャラーレフはダラェの身の上を想像した。嫌われるのも当然かもしれない、と思った。


「でも少なくともティウさんは、私たちのことを嫌いじゃないようですね」


 シャラーレフは、ティウに尋ねた。ティウはドーナツをミルクティーにひたしながら食べていた。


「兵士と言っても元は普通の人だってことを、私は知っている。ここの村人もそれなりには徴兵されたからな。村自体には戦火は及ばなかったが、息子や兄弟、恋人を失くした人間ならこの村にもいる」

 ティウは少し声をおとし、踊っている若い男女を見た。

「踊っている若者を見ると、男の方が少ないだろう? 戦争で死んだのだ。怪我でこの場に来られない者もいる。だから賊を倒せないほどこの村は弱い」


「そう、なんですか……」

 踊っている人々をちらりと見てみると、確かに女性の方がかなり人数が多かった。にぎやかな宴の場にすら戦争の傷跡があることに、何とも言えない気持ちになる。


 ドーナツを飲み込みながら、ティウは語気を強めた。


「だが、帰還兵崩れの賊は大嫌いだ。あいつらにどれだけの羊を盗まれたことか。あぁいう連中は道を踏み外した理由を時代のせいにするが、そんなのは言い訳だ。屑はいつどこに生まれても屑。どっちにしろ、ろくな生き方はできない」


 吐き捨てるように言い切るティウ。シャラーレフはその率直過ぎる意見に少々面食らった。


(別に私は盗賊の彼らも本当は全員いい人だったとか、そういうことを言いたいわけではないです。だけど、この方のように、はっきりと彼らが駄目だったとも思えません)


 シャラーレフは言葉に詰まり、ドーナツを一つ頬張った。少し固めで歯ごたえがあり、甘さは控えめだった。

 それでもまだ言葉が思いつかなかったので、シャラーレフはティウの注いだ酒を飲んだ。頭がぼ重くなってきたが、やっと言いたいことが浮かんだ。シャラーレフはぼんやりと、思ったことを口にした。


「屑はいつどこに生まれても屑、ですか。でも私は、状況さえ違えば間違わずに済んだ人も、最初から間違うと決められて生まれてくる人も、どちらも気の毒だと思います」

「……あなたは、変わった人だな」


 ティウが不可解なものを見るように、シャラーレフを直視した。


「ティウさんも、うらやましいくらいに極端、ですよ」

 シャラーレフは若干回らない舌で、そう言った。先ほど酒を一気飲みしたせいか、気分が良くなかった。


 小さく笑って、ティウが戸を指し示した。


「悪酔いしたのなら、外に椅子がある」

「はぁ、ありがとうございます」


 シャラーレフはふらつきながら立ち上がった。


「良い夜を、武器商人どの」

 ドーナツをかじりながら、ティウが声をかけた。

「ティウさんにも」

 シャラーレフは軽く手をふると、ふわふわした足どりで外に向かった。

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