第13話 野盗
次の日の朝、シャラーレフとキャラーグ商会はグーシュト亭を発った。
ルトが寝坊をしたうえになかなか準備を終えなかったので、四人がそろって馬車に乗ったのはだいぶ日が高く上ってからのことだった。
キルスがぶつぶつ言いながら馬車に乗り込んだ。
「何で一回起きたのにまた寝るんだよ」
「だって二度寝ってめちゃくちゃ気持ちが良くてさぁ」
ルトはまったく反省した様子もなく、ずっと馬車で待っていたシャラーレフの隣に座った。こうしてやっと一行は出発した。
「どうもありがとうございやしただ」
レンガ造りの門を馬車がこえるとき、店主とフィーは深々とお辞儀をして見送ってくれた。
「こちらこそ、素敵な食事とお風呂をありがとうございました」
シャラーレフは御者台から店主とフィーに言った。
自分たちの仕事を褒められた二人は顔を上げて、はにかみ喜んだ。
「朝ご飯食べ損ねたらサンドイッチも作ってくれたし、いい宿だったね」
手綱を持ちながら、ルトはもごもごとソーセージのオープンサンドイッチを頬張った。
「旅程を遅らせた代償に、一つもらいますよ」
シャラーレフはそう言うと、サンドイッチの入った紙の包みを一つ掴んで食べた。
もちろん朝食にそばの実の粥を食べてはいたが、薄く切ったソーセージはまた別腹だ。
武器を載せた三台の馬車はゆっくりと街道を進んだ。
村で食糧を買い足したので、積荷は少し増えていた。
◆
それから数日、旅は何事もなく進んだ。
キルスは今までどおりシャラーレフに接したし、シャラーレフもまたそれに応えた。グーシュト亭での夜も、実は夢だったのではないだろうか、とシャラーレフは思うようになった。
ただ天気にはあまり恵まれなかった。
宿を発った日は晴れていたが、その後はだんだんと空が白い雲に覆われて、雪でも降りだしそうな寒さになった。
街道が通る場所は、しだいに草原から森へと変わりつつあった。
その日の夜も、ひどく冷え込んでいた。一行は森の中で野営していた。
糸杉が生い茂る森で、黒く細い幹が延々と周りを取り囲んでいる。
見張りはサームで、寒すぎるので残りの三人は焚き木を任せてさっさと寝た。
シャラーレフも寝袋に包まった上からさらにコートをかけて、最大級に暖かくして眠っていた。
だが、誰かが近づいてきた気配で目を覚ました。目を開けると、キルスが屈んでシャラーレフをのぞきこんでいた。
「起きろ。多分、盗賊が近くにいる」
キルスは低い声で、ささやいた。
「盗賊、ですか?」
睡眠を邪魔されて、シャラーレフは若干不機嫌だった。
外敵が近くにいるという実感がわかないまま、寝袋を出て起き上がる。
周りを見回すと焚き木は消され、ルトとサームが武器の準備をしていた。ルトは口パクで、何やらシャラーレフを急かすようなことを言っている。
「そうだ。サームが北から近づいてくる蹄の音を聞いた。多分、盗賊だ。おそらくこの場所は焚き木の光でばれている。奴らがここに着くのももうすぐだ」
状況を理解するのが遅いシャラーレフに、キルスが口早に説明した。
「だからあんたは馬車の荷台に隠れてくれ。周りを積荷で囲んでいれば、流れ弾にも当たらないはずだ」
「は、はい」
やっと話を少しは飲み込んだシャラーレフは、慌ててうなずいた。
そのときにはもう、キルスがシャラーレフの手を引っ張り上げ、荷台の前へ連れて行っていた。
「あの……」
何が起きているのかよくわからず、シャラーレフはどうにも落ち着かなかった。
「安心しろ。こういうのはだいたい始まる前から勝敗が勘でわかる。これは負ける戦闘じゃない」
キルスは素早くシャラーレフを荷台の奥に押し込め、どこか自虐的な笑いを浮かべた。
「あんたは雇い主だ。仕事はするよ」
そう言って、キルスは立ち去った。
「……行ってしまいました」
荷台に一人残されたシャラーレフは、ぽつりとつぶやいた。
三人の実力を信じていないわけではないが、外の様子がまったくわからないのは、不安だった。
(何とかして、外を見たいですね)
そこでシャラーレフは崩れないように注意してそっと積荷をずらして隙間を作り、幌が馬車に固定されている部分をめくりあげて外の様子がわかるようにした。外が見えるということは流れ弾に当たる可能性があるということでもあったが、そこは深く考えないことにした。
シャラーレフはさっそく積荷をどかし、幌の裾を持ち上げ外の様子を伺った。
だが外は暗くよく見えない。
しばらくすると、まず一発、銃声が聞こえた。
それから先は何発も聞こえてきた。銃声は空気を震わせて響き渡っている。
シャラーレフは必死に目をこらした。目が暗さに慣れてきたのか、戦闘の様子はだんだんとはっきり見えるようになった。
盗賊の数は、十五人前後といったところだろうか。くたびれた灰色の軍服のようなものを着ており、ライフルなどの銃器で武装していた。
見たところ、一番活躍しているのはサームのようだった。
暗闇の中で黒ずくめの彼の姿をとらえるのは難しかったが、ぶかぶかのロングコートをはためかせて速やかに移動していくその影は、たしかにサームである。
サームは取り回しやすいように銃身を短くカットしたショットガンを両手に持っていた。掴みどころのない動きで敵を錯乱させ、あちこちに現れてはぶっ放す。広範囲に広がる散弾で撃たれた敵は、蜂の巣になっていた。
その攻撃はどこか機械的で、カツレツを食べているときと同じくらい粛々したものだった。反動の大きいショットガンを両手に持ち軽々と扱うサームの技量は、かなりの水準である。
次に目に入ったのはキルスだった。
キルスは右手にリボルバーを構え、左手に逆手でナイフを握っていた。幹の細い木を巧みに遮蔽物として利用しながら、臨機応変にナイフと銃を使い分ける。撃つのも刺すのも、鮮やかであった。
ルトは、どこかに隠れて狙撃しているらしく、どこにいるのかわからなかった。だが時折敵が突然倒れるので、ルトが働いていることはちゃんとわかった。
「てっ……、撤退だっ!」
首領とおぼしき男が、叫んだ。
だがすぐにサームの黒い影が後ろから現れて、後頭部を撃ち抜いた。
ぼんやりと緑色に、ガスマスクののぞき穴が光を放つ。
至近距離からショットガンによる攻撃をくらった男の頭は、血しぶきをあげて派手に吹っ飛んだ。
サームがまず敵の集団を掻き乱して恐怖を与え、動揺した敵をキルスが確実に封じ、そしてルトが狙撃で補佐する。三人だけの単純な戦法であったが、さすがに長い間戦争で戦ってきただけあって洗練されていた。
敵の盗賊も服装から察するに軍隊出身のようだったが、キャラーグ商会の方が何枚も上手だった。
(これが、傭兵の方のお仕事なのですね……)
敵を淡々と殺していくキャラーグ商会の三人に、シャラーレフは畏怖の念を感じた。状況的に自分の身を守ることであるとはいえ、恨みも因縁もない相手を仕事という名目で殺す彼らは、やはりプロだと思った。
やがて、三人以外に生きている人間はいなくなった。
あたりは硝煙で灰色にかすんでいた。
「はぁー、やっと終わった。皆、怪我してない?」
普段通りの軽い調子で、ルトはどこかの木から降りた。
「オレ、無事」
サームは、ガスマスクについた血をぬぐいながら答えた。
「私も大丈夫です」
シャラーレフも荷台から降りて、無傷であることを報告する。
キルスだけが、返事もなく死体に囲まれ立っていた。
返り血は浴びても怪我はしていないようだったが、表情に生気はなくどこを見ているのかよくわからなかった。その放心状態のような横顔に、シャラーレフはつい心配になって駆け寄った。
「キルス。あなたは、怪我はありませんか」
「え? あぁ、俺も無傷だ」
我に返ったらしいキルスが一瞬素に戻り、慌てて答える。次の瞬間には、いつものしかめっ面で平静を取り繕っていた。
「それなら、まぁ、いいですけど……」
シャラーレフはキルスの足下に倒れている死体に目を落とした。
首を斬られた仰向けの死体で、虚ろな目は木々の隙間から見える暗い夜空を映している。
(そんなに人を殺したくないのでしたら、こんな仕事なんかやめておけばいいでしょうに。それ以外を選べないほど、あなたは罪深いんですか? 今さらもう、違う生き方は見つからないってことですか?)
死体を見つめながら、シャラーレフはキルスを問い詰めたい気持ちになった。
おそらくキルスがすでに平和な生活を諦めていることを、シャラーレフは察している。だが無駄な問いだとわかってはいても、思わずにはいられなかった。
当然のことであるが、辺りには他にも死体がごろごろと転がっていた。特にサームのショットガンに腹部を撃たれた死体などは、直視したくない感じに悲惨なものだった。薄目で見たその顔はシャラーレフとあまり変わらない年齢に見えた。
(たとえ賊だったとしても、彼には彼なりの人生があったのでしょう。だけど、それはこの三人が奪いました。私の頼んだ仕事の一環で)
殺したのはキャラ―グ商会の三人である。
三人は、シャラーレフが護衛を依頼したから敵である彼らを殺したのだ。
自分のやるべきことのために、犠牲が出る覚悟はしていた。
だが実際にその結果を直視してみると、意思を貫き通す自信が揺らいだ。
死体の発する血なまぐささに吐き気をこらえ、シャラーレフは唾を飲み込む。
その時、ルトの明るい声がした。
「商品も無事みたいだよ、お嬢さん」
立ちすくむシャラーレフに、荷台の中のチェックをしながらルトが呼び掛ける。
自分にとっての他の重要事項を思い出したシャラーレフは、死体から目を離して馬車に戻った。
積荷のライフル銃の入った木箱は時々流れ弾に当たっているものもあったが、中への影響はわずかだった。
「あなたたちも無事で良かったですね」
シャラーレフはほっとして、そっと積荷を開けて語りかけた。専用の箱の中で折りたたまれている機関銃は、静かに暗闇の中で黒く輝いてた。重々しい大砲も、布を掛けられてずっしりとそこにある。
荷台から降りてみると、馬たちも怯えることなく、毅然としていた。この馬もちゃんとした軍用だったのだなと、シャラーレフは感心した。
現状を確認できた四人は、死体に囲まれたままなのも嫌なので少し離れた場所に移動した。まだ夜明けまで時間があるので、そこで火を焚き休みなおすことにする。
目が冴えて眠れそうにないシャラーレフは、サームの入れたお茶を飲みながら尋ねた。
「さっきの人たちは、元々は兵士だったのですか?」
「だろうな。服装的に元西部軍の帰還兵だ。大方、戦後職にあぶれて賊になったと言ったところか」
キルスは淡々と考察した。よくある見慣れた物事を語っている、という風である。
「まぁ、僕たちも人のことを言えたような身分じゃないけどね。同じ西部軍の負け犬だし」
他人事みたいに笑いながらルトが言う。これで本気で冗談なのが、ルトの少々おかしいところだ。
ふと隣の方を見てみると、サームがもぞもぞとガスマスクを触りながら焚き木に当たっていた。めずらしく落ち着きがないサームの様子を不思議に思い、シャラーレフはそっと近づいてみた。
「どうかしたんですか?」
びくっとサームの肩が震えて、シャラーレフの方を向く。
その手は頬のあたりを隠していたが、黒いゴムが割れているのが下に見えた。先ほどは暗くて気づかなかったが、戦闘の中で傷つけられてしまったのだろう。
「サーム、ガスマスク破れてるじゃん。修理しないと」
ルトも気づいたようで、ガスマスクを脱がそうとサームの頭をおもむろに掴んだ。
すると、サームが今までにない必死さでじたばたと暴れ出す。
「駄目。明ルイトコ、嫌ダ」
「ずっと着けっぱなしじゃ体に悪いし、たまには人前にでないと、ね。ほら、キルスも手伝って」
ルトは妙に楽しげに逃れようとするサームを押さえ込み、キルスを呼んだ。
だがキルスはあきれた様子で、静観していた。
「あんたは本当に人の嫌がることをするのが好きだな」
「人聞きが悪いなぁ。サームを社会に適応させてあげようっていう僕の優しさなのに」
ルトはそう言うと、抵抗するサームのガスマスクを引きはがした。
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