そして私は復活し、万象は流転する
目が覚めて、周囲の状況と、自分の記憶を照らし合わせて、どうやら自分は一度死んだらしい、という結論に至った。
一度死んで、生き返った。と、言うこともできる。
けれども、その表現は、間違ってはいないが正確ではない。
より細かいところまでを指摘するのであれば、こう言うべきなのだと、思う。
“私は死んだが、事前に保存されていた記憶データを、これもまたあらかじめコピーされていた人工の肉体にインストールすることで、擬似的な死者復活を遂げた”
と。
死を覆すことは、現代の科学、医療技術をもってしても未だなし得ない事柄だった。ゆえにこそ、覆せないのなら、もう一度生み出してしまえばいい、というわけだ。
シンプルで、面白みに欠けるが、堅実ではある。
そんなわけで、私は再び生まれたわけだが。
どうも、記憶が一部欠けているようだ。
自分がなぜ死んだのか、が、復活した者への心理的負担を考慮して削除してあるのは、まぁいいとして。
「……ここは、どこだ?」
* *
三方向を古びたコンクリートに覆われた、薄暗く、狭い路地裏。周囲には錆びた自転車や、何が入っているかわからない黒い袋、生ゴミ、卑猥な絵が表紙を飾る雑誌などが、無秩序に散乱している。酷い悪臭と、不衛生さだった。ドブネズミや、不潔を好む虫なども数多存在するに違いなかった。
不思議なことだが、その割に、私の格好はそこそこ綺麗なものだった。自慢の長い金髪は、悪くない触り心地だし、肌は傷一つなく、さながらピエタの聖母マリアのような美しさ。服は白いワンピース一枚と黒いブーツのみで、困ったことに股間の辺りがやたらと涼しい。どうして汚物に囲まれてもなおこんなにも可愛らしい私を演出しておきながら、たったの下着一枚を用意できなかったのか。あまりにも謎過ぎる。本当に、なぜ私はこんなところにいるんだ? まるでわからん。
私をこんな状況下においた誰か……あるいは、もしいるのなら神だかなんだかに色々と問いただしたいところではあるが、しかし。
まぁ、未知の場所にいるとなれば、まずするべきは、観察、探索、そして理解だ。まったくの無知というのは恐ろしいもので、ゆえにこそ、例え僅かな情報であっても、得ておいて損はないと言えるのである。
とはいえ、私はか弱い乙女……。慎重に慎重を重ね、さらにその上から慎重を塗りたくるぐらいの気概でいなければ、何かの拍子にうっかりあんなことやこんなことになり兼ねない。困ったものだな、下着がないというのは。私に露出癖はないというのに。
見上げると、空は鬱陶しそうな灰色の雲に覆われていた。空気の湿った感じからして、一雨来そうな雰囲気だ。とっとと落ち着ける場所を確保して、そこで雨宿りしながら物思いに耽りたいものだな。
などと考えながら、足元のゴミを蹴飛ばしつつ、先に見えるT字路めがけて歩き始める。
* *
「はてさて、ここで選択肢とは、どうしたものかな」
時は進み、T字路に至る。ここで当然ながら、右に進むか左に進むかの選択を強いられるわけで。
先ほどまでいた路地裏と変わり、この道にはかすかに生活感がにじんでいた。地面から二メートルほどの位置を縦横無尽に駆ける錆びた鉄パイプ。その隙間から吹き出す蒸気。鉄の壁、鉄の扉。小さな窓に、ぶら下げられた洗濯物。蒸気の噴出する音に混じって、人の話し声も聞こえるような氣がする。
お行儀よく左右上下前後ろを確認する。左右どちらも、先の景色はあまり変わらないように見える。行ってみなけりゃわからんよー、というやつだ。難儀なことだ。実に面倒臭い。
そんなしょうもない仕様なわけだから、私は自分が右利きだからという理由で右を選択する。
「ま、ダメそうなら引き返せばよろしい」
気楽にね、気楽に。何もわからんうちは、そうするしかあるまいよ。
そうやって、再度足の運動を再開して、五秒くらい、経って、だな。
急にドアが開
「ぐえっ」
「うぇっ!?」
驚愕を意味するであろう間抜けな声をBGMに、潰れた蛙のような声をあげて転倒する。
鉄扉が思い切り額に直撃した。なんてことだ。幸先が悪すぎる。あんまりだ。額がヒリヒリする。なんてことだ! 私の美しい顔が! 傷ついた! なんてことだ! なんて!
こなくそこんちくしょうめぇ、と恨み節100%で私の美顔を傷つけた不届きものを見上げると、そいつはドアの影から恐る恐るといった様子で私を見下ろし、そして。
「ぎょ、ぎょわー! ち、痴女だぁ! 痴女がいるー!?」
「ちっげーよバカ!!」
おっといっけね……思わずはしたない言葉が……。
いや、今は言葉遣いに構っている場合じゃない。目の前にいるこの失礼な女から、多少なりとも情報を引き出さねばなるまい。あと下着。
くそ、と悪態をつきながら立ち上がり、尻の汚れを軽く払ってから、その女を見る。
「ひょえぇ……」
生まれたての子鹿のようにプルプル震えていた。なんだ? 私が怖いのか? こんなにも美しいのに? 痴女だから? いやだから私に露出癖はないっつってんだろ。いい加減にしろ。……っていうか、普通に考えて、ドアを開けた先にこんな美女がいたら誰だってビビるだろうな。うむ。かく言う私だってビビるだろうとも。だって私はこんなにも美しい! そんなわけだから、私は女をなだめにかかるのである。
「落ち着け。お前のことは許さんが、超弩級の美人がいるだけだ。そんなに怯えるなよ」
「は、はひ。落ち着きましゅ」
身体を縮こまらせながら、ソロソロと扉の影から女が出てくる。私はその顔を見て、なんとも言えない既視感に襲われた。
「……どこかで会った?」
思わず問いかけると、女は首を傾げながら答える。
「い、いえ……。私の記憶には……」
気のせいらしい。
「あ、そ。それならまぁいいや。んでさ、ところでなんだけど、なんか下着くれない?」
切り替えて、単刀直入に要求する。いくら美しかろうが、痴女扱いはまっこと心外である。情報収集はそのあとでも大丈夫だろう。と、思ったのだが。
「びゃー! やっぱり痴女なんだー!」
「だからちげーよ!」
全力で後退する女。全力で否定する私。
「一度そこから離れろ!」
「だって私の下着よこせってぇ!」
「そこまで言ってねぇ!」
誤解も甚だしい。私が欲しているのはお前のパンツなどではない。断じて!
女は「やめてこないで犯さないでぇぇ……」などとブツブツ言いながら私から距離をとる。面倒臭い女だなぁこいつ。仕方がない。私の悲しき境遇を力説して泣き落としてやる。
「私はなぁ! 気がついたらこんな格好で知りもしない場所に放り出されてたんだよ! ほらかわいそうだろ!? だから助けろ! 早く! 今すぐ! ナウ!」
一から百まで説明してやる。ほら、ほら、ほらぁ! とにじり寄りながら、私の顔を拝ませてやる。
「ヒィーッ! わかりましたわかりました助けますからぁ!」
私の美貌に恐れをなしてついに女が折れる。
「最初からそう言っていればいいのに。……あ、私が美しいから見てたかったのかしらん」
「ナルシスト……」
「あん?」
「い、いえなんでもないですー。ええ、本当に」
ははは、と怪しげな笑いを浮かべる。いや、聞こえてたからな。否定する気もないけど。
私は疲労からため息をつくと、私の顔面に一撃くれた扉を指差す。
「ここ、君の家なのだろ? 入れてくれると、嬉しいなぁ?」
冒頭だけ書いて放置している小説の群れ 鵠真紀 @amaharu0612
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。冒頭だけ書いて放置している小説の群れの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます