12


「……………………?」


目覚めた僕は少し混乱していた。何故って、ベッドの上で目覚めたからだ。寝起きで頭はふわふわしていたけれど、眠りに入った時の状況は覚えている。


僕、確かソファーで眠ってしまったよな?

もしかしてレッドがここまで運んでくれたのだろうか?女性が大の大人をソファーからベッドへ運んだのだと言うその線を素直に受け入れられるのは、相手がレッドだからだろう。


僕は眠った後に女性に運ばれた事を少し恥ずかしく思いながらも、ゆっくりと身体を起こし部屋の中を見渡した。


「本当に……統一感のない場所だよな。」


寝ているベッドは天窓付きの洋風なのに対して、置いてあるキャビネットは中国風、掛けてある絵は浮世絵、テーブルは猫足の可愛らしい作り。


起きたての僕の頭の中はもうしっちゃかめっちゃかでぐちゃぐちゃだ。完璧主義者がこの部屋に来るだけでうつ病に成りかねない程、恐ろしく統一感のない場所だった。


この秘密基地ファクトーテムに幾つ部屋があるのかは分からないが、全てがこの部屋みたいに支離滅裂で不調和で統一性が無いのなら、それはもう趣味と言うよりは病的に病気だと思う。いや、人様の趣味に文句をつける権利なんて僕には無いのだけれど。


───コンコン


そうこうしていると、支離滅裂なこの部屋の扉を叩く音が聞こえた。きっとピンクだろう。もしレッドならノックなんてせずに扉を勢い良く開けかねないからだ。もしかしたら蹴破ることだってあるかもしれない。


「おはよう、グリーン!」


扉を開けた先に立っていたのは、僕の予想通りピンクだった。昨日と同じ笑みをその顔に貼り付け、ひらひらと手を降っていた。そう、昨日と変わらない。何も変わらない姿だ。


両親が死んでしまおうが、執行人を突き止めようが、何も変わらない。こうして次の日ってやつは当たり前みたいに来るのだ……僕はピンクの笑顔を見つめながら、そんな取り留めもないことを考えてしまった。


「ん?どうしたんだい、グリーン?…あ、もしかして俺に惚れちゃった!?駄目駄目!レッドに手を出すなって言われてるんだから!いやまぁ俺的にはグリーンがその気ならやぶさかでもないけどさぁーその場合はもう駆け落ちとかするしか無いと思うんだよね。でもレッドの事だから、地球の裏側に逃げようが見付けて追って来そうな勢いはあるよねーそうなるとやっぱり───

「ちょっ、朝からそんな勢いで話されてもパニクりますって!」


僕はつらつらと話し始めたピンクの話を途中で遮った。正直、今が何時なのかなんて分からない…ピンクの勢いに押されて、朝だとは言ってしまったけれど朝で無い事は確かだ。


「あははは、ごめんごめん。ついね…何せ昨日話してた相手が、余りにも詰まらなくて下らなくて退屈だったからさ。」


ピンクは僕の寝癖を軽く直しながら、悪戯好きの子供みたいに笑った。昨日"明日の準備がある"と言って出ていってしまってから、何かあったのだろうか?少しピンクの微笑みが冷笑的に見えた。


「それでね、グリーン。今日はどうする?」

「今日、ですか。」


大学は休もうと思っていた。けれど、睡眠を取ったお陰で昨日より頭はスッキリしている。ここにいてもどうしようも無いし、執行人谷谷の事も自分の中でどうしたいのかまだ決めかねている……となれば


「とりあえず、大学にでも行こうかと…。」


とりあえずで行くものでも無いのだけれど、今の僕にはそれしか出来そうに無かった。普通に普通を過ごしてきた僕には、普通に大学に行くと言う選択肢しか無かったのだ。


「グリーンならそう言うと思ってたよ。」


ピンクは寝癖を直し終わった僕の頭をポンポンと撫で、満足気にそう言う。


「でもまぁー…もう昼過ぎだからね?行くのなら急いだ方がいいよ?」


そして付け足された言葉に、僕は焦った。




結局大学に着いた時には、もう最後の授業が終わろうとしていた。間に合わなかった事もあり、ほとんど来た意味が無くなってしまったので、僕は行く宛もなく中庭のベンチに腰掛けていた。


そっと目を閉じて深く息をする。

まだ何も解決はしていないけれど、馴染みのある風景と空気を身近に感じ、僕の心は少し緩んでいた。まるで昨日起こったことが全て夢だったみたいに、穏やかな気持ちだ。嘘みたいに静かで、春みたいに暖かい。


両親が殺され、閥族キンドレッドを知り、レッドと噛み合い、ピンクと話し合い、執行人谷谷と対峙関係にある。

一昨日までの僕とは明らかに違うはずなのに、相変わらずこの場所も僕も変わり映えしない。時間が止まったみたいにとめどなく変わらない。


けれどそれは現実じゃあ無い。それこそが夢なのだ。

僕は椅子取りゲームの椅子に座れなかった人間になってしまったのだから。



「あれ~?サボりっすか?」


不意に聞こえた声に、僕は驚いて目を開けた。いつからそこに居たのか、いつの間にそこに居たのか、僕の隣には一人の青年が座っていた。


明るい橙色の髪に同系色の眼鏡を掛け、太陽の様に笑う青年。僕には全く見覚えがないし、面識も無い。


「駄目っすよ~。俺等は勉強が仕事なんすから~。」


グッと身体を伸ばしながら、明るくそう言い放つ青年に「いや、それなら君もサボりだろう?」と言いたくなった気持ちを逆にグッと抑えた。凄く気さくに話し掛けてくるので、もしかしたら知り合いだったかな?と僕は首を傾げた。


「あ、もしかして俺の事分かってないっすか?」


知り合いだった。


「無理ないっすね~初対面っすもん!」


知り合いじゃあなかった。


「俺は一年の国一国一こくいちくにかずっす。覚え辛いんで、くにおでいいっすよ~。みんなそう呼ぶっす!」


レッドやピンクとはまた違う勢いの良さに、僕は少し戸惑った。しかし、彼の屈託のない笑顔には好感が持てる。最近見た笑顔の中では、群を抜いて一番健康的である。


「まぁ~こんな日はサボりたくなるっすよね~空気が気持ちいいっすもん。」

「いや、僕はサボりと言うよりは……サボりか。」


本人がどう言おうと、傍から見れば僕は授業をサボっている学生に間違いない。中庭で目をつぶり、風に揺られながらボーっとベンチに座っているのだ。サボり以外に言葉が見つからない。


「俺もここ好きなんすよ~。穴場っすよね~ここのベンチ。」


両手を頭の後ろで組みながら、リラックスしたようにくにおは目を閉じる。まるで日向ぼっこする猫みたいだな、と僕は思った。実に爽やかで健全。健やかでいて健常。ただ、僕と同じサボり学生で無ければ、の話だけれど。


「たま~に、ここに座って考え事するんっすよね~。仕事で壁にぶち当たった時とか、思い通りにならなくて癇癪起こしちゃった時とか、何か分かんないっすけど、どうしようも無い気持ちになった時とか。」


くにおのその気持ちは僕にも分かる。だからこそ、僕も今こうしてここに居るのだから。授業に間に合わなかったのなら帰ればいいだけの話だ。けれど僕は家に帰らずにここに座っている。


帰った所で仕方の無い、もう椅子は無い。ゲームでも無ければ夢でも無い。誰も居ないしどこにも居ない。もう、何も無い。無駄で無意味で無価値で"無"だ。


心の奥底や頭では分かっている。ただ、それをどう表現していいのかが分からずに、ここに座っているのだ。今の現状を悲しむべきだろうし、悔しがり泣き叫ぶべきだろう。けれど、現実を飲み込んだ筈の僕はそれが出来ていない。


「くにおは…今どうしようも無い気持ちだからここに来たの?」


僕は、気持ちよさそうに目を閉じているくにおにそっと聞いた。どうしようも無い気持ちを抱えているとは思えない程、穏やかな顔をしている。しかしそれは表面上では分からない事だ。


くにおだって、まさか僕が昨日両親を殺され、裏社会に足を踏み込み、痛烈に猛烈なレッドに出会い、駄菓子屋みたいな秘密基地ファクトーテムから登校して来ただなんて、想像もつかないはずだ。


「そうっすね~どうしようも無いっすね~。」

「そっか……僕も本当、どうしようも無いよ。」


僕はくにおの隣で、軽く溜息を吐きながら空を見上げた。日が少し落ち、青空では無かったけれど、今の気分にはそれぐらいが丁度いい。


「今日は、どうしようも無いって事を受け止めるためにここに来たっす。」

「受け止めきれなかったら?」

「その時はその時で、またここに来るっす。……あ!聞いてくれるっすか?俺のど~しようも無い事!」


ガバッと起き上がったくにおは、眼鏡をくいっと掛け直しながら僕の顔を覗き込んだ。


「ここで会ったのも何かの縁だし…聞くよ、僕で良ければ。」


そう返した僕の手を強く握りながら「ありがとうっす!ありがとうっす!」と繰り返すくにおに、僕はなんだか笑ってしまった。レッドとは違った意味で、感情を素直に出す人だ。


「実は俺、気になってた人がいたんっすよね~居たって言うか、別に今も変わらず気になってはいるんっすけど……てか好きなんっすよ!」


まぁまさか恋愛相談だとは思わなかったけれど。


「好きって言っても、手ぇ繋ぎたいとかキスしたいとか、その先も~とかの好きなんじゃないっすよ!?なんて言うか~ラブペクトしてるんっすよ!」


え?


「もう俺の人生の中で、あれだけラブペクト出来る人は居ないんすよ!」


ん?


「ここまでラブペクト出来た人って言うのが初めてなんっす。」

「ちょっと待って、くにお。ラブペクトって何?」


もうラブペクトが気になって話が入ってこない。くにおの気になる人よりも、ラブペクトが気になる。


「あぁ、ラブ尊敬リスペクトを足してラブペクトっす!」

「成程、くにおの造語か。」


スッキリしたのでこれで話が聞けそうだ。


「それで、そのラブペクトしてる人なんすけど……どーやら最近好きな人が出来ったぽいんすよ……。」

「あーー…それは残念だね。」

「もうね、どうしようも無いっすよ……。」


なんだか聞いて損をした気持ちになったなんて、口が裂けても言えない。人の悩みはそれぞれなんだから、僕がくにおの悩みを軽んじる事なんて出来ないだろう。恋の病は医者でも治せないと言うのだから、きっと重病なんだ。いや、決して軽んじて無いし馬鹿にもしていないから!


「まぁでも、話したらちょっとは楽になったっす!」

「そうなの?」

「そうっすよ!解決する事が目的じゃなかったっすからね~。飲み込む事が目的だったんす!」

「くにおが少しでも飲み込めたなら良かったよ。」


爽やかに笑うくにおを見て、彼の恋が叶うことを僕は心の底から祈った。こういう人にこそ、幸せは着いていくべきだと思うからだ。


「ありがとうっす、常磐先輩。」


そう言いながら勢い良くベンチから立ち上がると、くにおは歩き出した。あれ?僕、彼に自己紹介しただろうか?そんな疑問が浮かび、立ち去ろうとするくにおを呼び止めようとしたその時


くにおがパッとこちらを振り向いた。


「良くして貰ったお礼に!俺から一つ、常磐先輩に忠告っす。今日はスーパー行かない方がいいっすよ~!」


そして不可解な事を叫んだ。

僕はそれがどう言う意味なのか聞きたかったけれど、太陽の様に明るく、向日葵のように鮮やかに笑いながら、猫のように素早く立ち去ったくにおを、引き止める事が出来なかった。


と言うよりは、叫びながら走り去ってしまったので不可能だった。

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激動の赤色と黒い僕。 遠藤 九 @end-IX

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