11
横目でチラリと僕を見て「で?」と続けるレッド。
「どーする?その執行人。ちなみに
どうするか?そう言えば僕はそれを考えていなかった。凄く間抜けな話なのだけれど、
警察は……まず無い。謝って貰う?いやいや、玩具を壊された子供じゃないんだから有り得ない。殺した理由…は、知っている。
「殺す?」
頬杖をつきながら横目で僕を見つめたまま、レッドは静かに言った。その声は深く響き、爆発するように怒るレッドには珍しく、静かに怒っている様だった。フツフツと煮えたぎり、燃えている赤い炎のようだ。
「え、それは…」
僕は慌てて言い返そうとした、しかし
「あたしは殺したいほど憎いね。
と、レッドは続けた。なぜここまでレッドが僕に固執しているのかは分からないけれど、どうやら彼女は本気で怒っているようだ。ギリギリと歯軋りが聞こえ、怫然と敵意を剥き出しにしていた。
「どうして…どうしてそこまで僕の事を?」
今にも癇癪を起こしそうに怒り震えるレッドに、僕は申し訳なさを込めながら聞いた。
「どうして?って、そりゃ……グリーン、お前の事を酷く気に入ったからだ!」
すんなり癇癪を納めたレッドは、またしても無邪気にそう言い放った。
「今日、この日、あの時、あの瞬間、目の前で親が殺されたっつーのに、叫びも喚きも泣きも咽びも厭いもせず、あたしを真っ直ぐに見つめるお前を、お前って人間を……酷く痛く気に入ったんだ。」
理由はそれだけだ。と付け足してレッドは笑った。それだけで、たったそれだけで、僕の仇である執行人の
「ははは…そんな事言われちゃったら…僕も引くに引けないじゃないですか。」
力なく、だけれど法悦とした気持ちで僕は微笑んだ。普通だった、いや今でも普通である僕が、こんなにも美しく激しい赤に気に入られるだなんて。一生に一度、こんな経験は二度と無いだろう。
「とは言ってもレッド。やっぱり僕は"殺す"だなんて物騒な事には反対ですよ。」
「え?今の流れは"お願いします!"の流れだったろ!?」
引くに引けなくなった僕だけれど、だからってレッドに仇を殺して欲しいと結論付けた訳では無い。どうしようもないくらいに噛み合ってしまった僕だからこそ、僕なりの解決方法があるんじゃないかと思うのだ。
「そもそもヒーローは人殺しなんてしないでしょう?」
「いや、人じゃねーよ、悪い奴はみーんな怪人だからセーフだろ。」
「どこから来たんですか?その怪人理論。」
「あれ?グリーンしらねーの?スーパー戦隊ゴレンジャイ!」
「あ………。」
僕は地雷を踏んでしまったのか、それからスーパー戦隊ゴレンジャイの話を聞く羽目になった。しかし楽しそうに揚々と話すレッドの姿を見て、僕は話を途中で止める気にはなれなかった。まるで、初めて遊園地に行った時の子供の様にはしゃぐ彼女。
「それで、34話の"終わらない裁判と正しき刑罰"で初めてゴレンジャイが窮地に立たされるんだけどな───」
しかしだ…レッドの話を数時間聞きながら、僕は序盤で話を止めなかった事を後悔していた。第1話から事細かくあらすじを語られた僕は、最早スーパー戦隊ゴレンジャイを観た気になっていた。
そして第34話のタイトルが戦隊ものとして不釣り合いなような気もしたのだけれど、それを思考出来るだけの余裕が僕には無くなっていた。
正直に言うと、僕の睡魔は限界に達していたのだ。
そんな僕の気持ちをよそに、ペースを落とすでもなく逆に勢いを増していくレッド。彼女の体力は底無しなのだろうか?
「レッド……ちょっと、僕…もう…」
重くなった瞼を無理やり気合いで開きながら、僕はレッドの話を遮った。ご機嫌で話しているレッドには悪いが、流石に一度仮眠がしたい。
これから
睡眠時間の短さは思考能力の低下に繋がる。
「ん?あぁ…もしかして眠いのか?グリーン。」
人間が睡眠を取ることが不思議だと言わんばかりに僕にそう聞いたレッドに対して、もうなんの疑問も抱かない。僕の頭は既に、鉛のように重たく、霧がかった森のように霞んでいた。
「しゃーねーなぁー……じゃ、続きは起きてからでいーや。とりあえず寝ろ!昼ぐらいに起こしてやるから!」
そんなレッドの言葉を聞き終えるのが早いか、僕はそのままソファーで深い眠りについた。
こうして僕の生きてきた中で、最も長くて激動に満ち満ちていた一日は終わりを迎えた。
───同日、時間は少し遡る
20畳ほどある広い部屋。壁には大きなスクリーンがあり、そのスクリーンから距離を取るように丸いカプセル型の椅子が一つ置かれていた。
無駄の省かれた上に白を基調としたその部屋は、簡潔に清潔に持ち主の人柄を表しているようだった。スクリーンとカプセル型の椅子しかない部屋に人柄も何も有るのかは分からないが。
しかしテーブルさえ無いその広い空間には生活感なんてまるで無く、見る者によっては少し不気味で異質かもしれない。
「もしもし?あ、俺だけど。」
カプセル型の椅子の中にすっぽりと収まり、その姿を隠していたであろう人物が声を発した。
糸目で口元に不敵な笑みを潜め、椅子の中であぐらをかいている人物。そう、ピンクである。
ピンクは片耳に掛けるタイプの小さなヘッドセットをしており、どうやらそのマイクを通して誰かと電話をしているようだった。しかし、手元にもその目の前の大きなスクリーンにも相手先の情報は出ておらず、一体誰と話しているのかは分からない。
電話先の相手はピンクの声を聞くと、慌てながらも「少々お待ち下さい。」と電話を誰かに取り継ぐ準備をした。
『───もしもし。
数秒の間があり、取り継がれたその人物は静かに口を開いた。低く威厳のあるその声色から察するに、歳は60そこそこ。地位、名誉、富において余裕が有り余っている、と言った所だろうか?
「だから、ピンクだって言ってるだろ?何?亜一の葬儀までしたのに納得してくれないの?」
ピンクは先程までのおどけていた声ではなく、静かに淡々と訂正した。別に不機嫌な訳では無いのだろう。ただ、戦術家のように冷静に、鋼鉄の心のように硬く、深海のように冷たく、機械のように無機質だった。
『いつまでもそんな馬鹿げたことを言っていないで……そもそもあの葬儀の時の遺体はお前に似せた偽物だっただろう。』
「あははは。それはそれは御愁傷様だったね。」
ピンクは偽物の遺体を含め、心底どうでもいい事だと投げつけるように笑った。
『笑い事じゃ無い、亜一。……まぁ葬儀を上げたところで、撤回する事など容易いが。』
「そりゃあそうだろうね。
至極不快そうにピンクが話す。
『………はぁー…お前も六音家の血族だろう?亜一。』
六音京四郎と呼ばれた電話口の老人は、深い溜息と共に静かに、しかしハッキリとそう言った。
「俺はねぇ……レッドと出て行ったあの日に、六音家とは離縁したんだ。しかも、あんたが世間体を気にしないで済むようにわざわざ死体まで用意して。」
『そんな些細な事を気にするなら、出て行ったことを気にするべきだろう。なぁ、亜一。もう帰ってきても良い頃合いだ。あんな赤い化物といつまでも遊んでいないで、長男としてそろそろ家の事も考えろ。』
淡々と紡がれる六音京四郎の言葉に、ピンクは顔色一つ変えずに乾いた笑いを漏らした。
「あぁ、今分かったよ。中々本題が進まなくて、寄り道して、回り道して、逸れて曲がって捻れて歪んで……レッドがいつも俺に怒る理由。」
『何を言っているんだ?』
「今、そんな気分だ。」
呆れたように眉を下げながら、ピンクは空いている手で頬杖をついた。そして、詰まらなさそうに目の前の白いスクリーンを見つめ、続ける
「単刀直入に言おうか?俺と六音家は離縁した。二度と戻らない。無関係の他人だ。だから、俺はあんたや六音家とは仕事でしか関わらない。それ以上も以下も存在しない。」
『……………………………。』
「ん、あれ?死んだ?……おーい。」
六音京四郎が黙り込んだのを聞いて、ピンクはここへ来て始めて少し茶化しながら煽った。自分の父親に接しているとは思えない程、刺々しい態度を取るピンク。離縁しているとはいえ、因縁と言う縁があるのは確かだろう。
『分かった。今は、それでいい。』
そんなピンクに対し、深く息を吸い込んだ後、六音京四郎はゆっくりとピンクの意見を飲み込んだ。
「分かってくれて良かったよ、六音京四郎。」
ピンクは口元を緩めた。
『───それで、仕事の話……だったな?』
「あぁ。一つ頼みたい仕事があるんだ。」
こうして
裏ではピンクの、表ではレッドとグリーンの…それぞれの物語が動き出すのだった。
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