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それから少しして、レッドが帰ってきた。どうやら四斗辺家が雇った執行人とやらを調べ終わったらしい。出ていった時とは違い、少しスーツのシャツが乱れており、顔には微かに血がついていた。


それを見て、驚いた顔をしている僕の横に勢いよく座り「疲れたーー!」とテーブルに足を上げるレッド。まぁお行儀は良くない。と言うか悪い。


しかし、座った途端レッドから漂う微かな煙のような臭いに、僕は鼻をくすんと刺激され、その行儀の悪さを注意することが出来なかった。何の匂いだろうか?花火のような、火薬のような、火事のあとのような…鼻をつく煙の臭い。


「ん?あぁ、臭うか?…ちょっと撃たれちまってさぁ!わりぃ、風呂入ってくるわ!」


撃たれた?僕がその詳細を聞こうとする前に、レッドは立ち上がり「風呂は女の身だしなみ~だよなぁ!」とリビングの奥に消えていってしまった。


帰ってきては座り、立ち上がり出ていき、帰ってきては座り、立ち上がり出ていく。なんて嵐みたいな性格なんだ。


「やっぱり四斗辺家と一悶着あったみたいだなぁー…あー嫌だ嫌だ!俺も準備しとこ!」


レッドが撃たれたと言い勢いよくお風呂に向かった後、ピンクは呆れた様なまぁ予想はしてたけどといったような顔つきで立ち上がった。


「ちょっと俺は明日の準備があるからさ、グリーンは適当にくつろいどいて。もう明け方だから寝てもいいし、起きてて風呂上がりのレッドを待つってのも……ね?後は若いお二人に任せるよ!あははは!」


こんな時になんの冗談かと、僕は声を上げたかったけれど言葉が出なかった。それは予測していた通り、レッドが四斗辺家に殴り込んでしまったからだ。


こうなる事を、ピンクは予測していたはずだ。十年、いや十五年も彼女といて、これが予想できなかったわけが無い。


普段、情報収集するのはピンクの役目だとレッドも言っていた。それなのになぜ、今回はレッドを行かせたのか?ピンクが僕に閥族キンドレッドの話をしたかったからか?いや、面倒な事が起こると分かっているのに、わざわざ選択肢を誤るような人では無い。


ピンクは賢い。話をする時に、寄り道や回り道をするが、それは意図的に意識を本題から逸らそうとしているだけで、僕もこの数時間で何度かその手に引っかかっている。


聞きたいことに答えている様で、本質を隠しているような。真実を織りまぜて、嘘に現実味を持たせている。そんな話し方だ。


そこまで頭を回転させて話すピンクが、レッドを四斗辺家に向かわせた理由。なぜ、レッドと四斗辺家を揉めさせたかったのか…これではさっき言っていたように本当に三反園家vs四斗辺家の戦争が勃発してしまうのでは無いだろうか?


これではピンクの愛する平等な均衡が崩れてしまうはずだ。


「なんで、なんだろう……」


僕は小さく呟いた。今しがた、閥族キンドレッドや執行人、社会の裏側を少し知っただけの僕ではまだ謎は解けそうにも無かった。考えるだけ無駄だろうか。ここは潔く、僕の両親を殺した執行人だけに注意を向けるべきか…


「っふぅー!!さっぱりしたー!」


僕がそう決めかねていると、お風呂から上がったレッドがリビングへ戻ってきた。カラスの行水かと思うぐらい早い────


「って、レッド!服!」


全裸だった。


「え、風呂上がりは基本全裸だろ?」


いやいや確かに全裸の開放感は見る分にも素晴らしいけれど!って違う!なんだこのお約束とも言えるテンプレートな展開はっ!


「大体よぉ?女の裸見たぐらいで大の男がっ……ってもしかしてグリーン、見たことねーの?……え?嘘?まじで?ははは!」


顔を隠して赤くなる僕の背中をバンバンと叩きながら、高らかにレッドは笑った。痛い。恥ずかしいし、痛い。なんで服を着ている僕の方が辱められ無ければいけないのか。


「もう、本当に勘弁して下さい。」


僕は精一杯の抵抗をレッドに見せた。


「ったく、しょーがねーなぁ。ウブでピュアなグリーンに免じて、今日の所は服着てやるか…っと。」

「いやいやいや、パンツだけじゃなくてちゃんと服来て下さいって。全体的に、身体を隠す感じの!」


モゾモゾと後ろでパンツを履いたあと、僕の正面にドカッと座るレッドを見て流石に声を荒らげた。バスタオルで胸元が隠れているとは言え、ウブでピュアな僕には刺激が強い。赤く生地の少ないパンツなんて最早拍車をかけて酷いもんだ。


「これ以上は無理。」


しかしキッパリとそう言い放ったレッドに、僕は諦めのため息を吐いた。これはもう慣れるしかない。これが彼女のスタイルだと言うのなら、受け入れるしか道はないのだろう。


「分かりました。ここ、レッドの家ですもんね…お邪魔している僕がとやかく言う事でもない…ですよね。」


僕は意を決して顔を上げた。


「いやっ家ではねーけど?ピンクに聞かなかったか?ここは秘密基地ファクトーテムだって。」


キョトンとするレッドに僕は、あぁと納得するように頷く。という事はここまでのリビングがあってお茶を出せるキッチンがあってお風呂のあるここ以外にも、ちゃんと家として存在している場所があるのか。


「レッドの家って?」


頭をわしゃわしゃとタオルで拭いているレッドに僕は聞く。微かに漂うシャンプーの香りが鼻に届き、さっきの火薬の臭いが僕の中から消えていった。


「んー、家っつう家は無い。そー考えればここが家ってのもまぁあながち間違いじゃねーのかなぁ?わかんねーけど。」


レッドはざっくばらんに話しながら首を傾げた。その仕草はさっき撃たれたのだと言って帰ってきた彼女とは違い、少女の様に可憐な動作だった。


嵐のような赤色が時折見せるそのそぐわぬ姿に、僕は確実に惹かれていただろう。


「そんで、ピンクからは他にも聞いたか?」


一通り髪を吹き終えたレッドが、ソファーに深くもたれ掛かりながらそう言ったのを見て、やっと腰を据えたのだと僕は確信した。


「そうですね、閥族キンドレッドの事と執行人の事を…ざっと。」


僕はピンクがレッドとの出会い話をしたことを伏せて答えた。特に理由があった訳では無いけれど、今その話をするのは違うのではないかと判断したからだ。


「大元…と言うか元凶は、父を雇った三反園家。その雇われた父を…そして母を殺したのは四斗辺家が雇った執行人だ、と。大まかには理解しました。」


レッドは軽く目を閉じながら、ふんふんと頷き僕の話を聞いていた。こうしてみれば、レッドがヴェノムGTの中で悩んでいた"分かっている"と"特定出来ている"の違いがようやく理解できる。


四斗辺家だと言うことは。けれど、その四斗辺家が雇った執行人と言うのが。だからレッドは言葉を濁していたのだ。


「それでその四斗辺に雇われた執行人、誰かわかったんだよなー、あたしを褒めていいぞ、グリーン!」


その格好で胸を張らないで頂きたい所だが、そこは素直に褒めたくもなった。この短時間でよく割り出せたものだ。僕なら一生掛けても辿り着けなかっただろう。


「どうやって調べたんですか?」


胸を張るレッドに僕は問う。帰ってきた時のレッドを思えば、かなり強引に攻撃的に、戦闘的、侵略的に聞き出したのは間違いないだろう。でなければ、撃たれることなんてまず無いはずだ。


「いや、まぁ普通に教えてくれたけど?」

「いやいやいや、撃たれたんでしょう?」

「そうだけど?」


あっけらかんとそんな返事をするレッドに、僕は開いた口が塞がらなかった。


「普通に教えてくれたって割には、攻撃されてるじゃないですか。しかも撃たれたって何ですか?怪我とかしてないんですか?」


僕はそう言いながら少し前のめりになったけれど、相変わらずレッドは深々と座ったままだった。


「普通に撃たれて普通に教えてくれた!以上っ!そんな事はどーでもいいだろ?執行人が分かったんだからよぉ。」


レッドは至極面倒くさそうに言いながら僕から顔を逸らした。本来の目的は果たされた訳だけれど、その過程がどうも大問題だ。僕は幸先不安になりつつ、顔を逸らしたレッドを見つめていた。

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