へびのあし
「例の少年はこの奥か……?」
「はい。ですが、今はまだ会話が出来る状態じゃありません。救出してすぐのままですから」
医者の言葉を待たずに、康介は歩き始めた。
そこは公的な病院とさして変わらぬ作りで、床も壁も白色だった。
そんな白色の廊下を康介は、医者を引き連れて歩いていた。
「火傷は……? 喉と耳は?」
「どちらも一応は無事です。ただ、全体的に火傷が酷く……」
「治療ついでに顔は変えてくれ、整形は必須だ」
「はい」
「病室は? ここか?」
山未宗助と掛かれた札が掲げられた病室の前で立ち止まる。
「会話は?」
「ある程度は可能ですが、喉がまだ治りきっていませんので、あまり長期間のものは難しいかと」
「わかった」
扉に手をかけ、康介は病室に入る。
中央にベッドがあり、そこには一人の少年が横になっていた。
中学生の幼い体には何本ものチューブが繋がっており、口には酸素マスクがつけられ、肌は全て包帯で覆われていた。
包帯の隙間から見えるわずかな肌からは、重度の火傷の跡が見て取れた。
この少年こそ、康介の目的の少年――山未宗助だった。
ベッドの傍に歩み寄り宗助を見下ろす。
うつろな宗助の瞳が康介を捉えた。
康介がじっと見つめていると、その瞳が康介の情報を集めようと動き始める。
どうやら意識はあるようだ。
「初めまして」
努めて穏やかな口調で康介は言った。
「私は遠江康介というものだ。キミにとって分かりやすく言うなら私は、山未宗蓮が率いる組織の、敵対組織の人間のものだ」
康介の言葉に、宗助は特に反応しない。
ただ、ぼんやりと見つめ返すだけだった。
「本来ならば、私たちがあの男を止めるべきだったのだが、キミたちのほうが先に辿り着いてしまった。結果、こんなに危ない目に遭わせてしまった。本当に申し訳ない」
深く、頭を下げる。
そしてもう一度、宗助の目を見る。
彼にとっては、ここからが大事な話だ。
「そして、勝手な話で申し訳ないのだが、キミには整形をしてもらうことになる。キミの父、山未宗蓮がしようとしたことについては、その技術を利用しようとしていた人間たちにとって、とても重要なものだった。遺産とも言うべきデータや、資料の争奪戦争にキミが巻き込まれないようにするために――キミに新たな人生を、用意したいと思っている」
変更手続き用の資料を取り出し、宗助に見せる。
宗助が軽く頷いたのを確認して、それをサイドテーブルの上に置く。
「そしてもう一つ」
じっと宗助の目を見つめて、康介は切り出した。
「昨今、アノマリーがらみの事件が発生し始めている。山未宗蓮が撒いた種が、悪しき形で花開いているのだろう。そこで、こうした事件に対応するための組織が政府主導で設立された。組織は出来たばかりで、あの男のデータを回収するだけで精一杯だ。今回の事件でも対応しきれなかったように、未熟ではあるが――もしキミが望むなら、キミをその組織に迎え入れたい。キミのような未成年を、こうしたことに巻き込むのには抵抗があるが、キミはアノマリーのオリジナルと接触し、その力の一部を受け継いでいる。この差は意地を張っても埋まるものじゃない。――すぐに返事はしなくていい、ただ少し、考えておいてくれないだろうか」
何か思案するような、息を吐く音が聞こえる。
宗助が目をつむる。
やがて、彼は震える腕を動かそうとする。
「マスクか?」
康介の問いに、宗助は頷きで返した。
康介はマスクを掴んで、そっとそれをはがした。
「……ひき……うける」
息も絶え絶えに宗助はそう言った。
「ありがとう」
康介が再び頭を下げる。
「詳しい話は、また後日、キミの体調が良くなってから話をしよう」
そう告げて、最後にもう一度頭を下げて、部屋を出ようとして振り向いたとき、背中に声をかけられた。
「なまえ……。決められ、る、んですか……?」
「変更後の名前か? キミが望むなら、そのように名前を決められるはずだ」
「じゃ、あ……」
えっと、と宗助は、何やらぶつぶつと喋り始めた。
どうやら名前を決めたいらしいが、何かこだわりがあるらしい。
「アキネ、マリ……。アキマ……違う。アキリ、マネ……も違う」
少しして、あぁ、と彼が納得したように、希望の名前をつぶやいた。
下らないボクと壊れかけのマリ ガイシユウ @sampleman
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