第94話 シンメトリー作戦最終フェイズ +00:00:40
──2年目11月 シンメトリー作戦最終フェイズ +00:00:22──
「部長…って何連れてきてんだよあんた!!!」
「出せ出せ出せ出せ出せ!!!」
呼びかけてもなかなか出てこないと思ったら、大人たちに追いかけられながらものすごい形相で走ってきた。
綾が大爆笑しながら、運転手にトラックを出すよう促す。弘と拓斗は荷台に風花を引きずり上げ、3人して転がった。
「いろいろとあぶねーよ!エンジニアならハインリッヒの法則ぐらい知ってんだろ!300件のヒヤリハット──」
「荷台乗ってる時点で大して変わんないでしょーが!それよりなんであんなに引き連れてきたんですか!」
風花を追いかけてきた大人たちの面々は、よく見たら校長以下管理職の人間たちだった。全員が肩を上下させ、そのうち一人がどこかに電話をかけている。
「まずい!拓斗!」
「…だめだ、正門の”レストア派”実行委員会が引き剝がされた!…色々とやり過ぎたせいで、実行委員会に招集がかかってるっぽい…今正門にいるのは雇われ警備員で、このトラックは本来入構許可を取って無くて…降参する?」
「心が折れるの早すぎるだろ!」
最後の最後で締まらない。何か回避策がないか考えるも、既に警備の手は回っている。これまで散々協力してくれた”レストア派”も、実行委員会含め体育館に集まっている以上、もう間に合わない。
そうこうしているうちに正門が見えてくる。心臓が高鳴っているせいで視野は狭くなり、代わりに数瞬が何秒にも引き延ばされる。警備員が明らかにこちらを意識しているのが、100mはあろうこの距離からでも認識できた。
どうする。あとどれぐらい時間がある?あと何ができる?この飛行機のために、何ができる?
「何が、できる…」
『少なくとも私はハッキングができる。とりあえず合図から3秒後に校内中で火災発生の放送を流すからあとはなんとかして。そしてそこのSNS中毒患者は連絡ができるから、混乱後のために実行委員会に根回し。そこのバカ部長と君はパッションで突破すること。「何ができる?」じゃないんだよやるんだよ。じゃ合図のタイミング任せた。』
急にインカム越しに、久しぶりの声を聞いたせいで、話の内容を咀嚼するのに僅かに時間がかかった。 やや間をおいて、ようやく飲み込める。
「…沙羅さん!」
『え、そんなに時間かかる?とりあえず合図出してくれ』
「弘が脳内処理している間にレストア派に通知した。いつでも~」
相変わらず拓斗は頭の回りがいい。本来の作戦と違い、この場に沙羅がいないことに風花もようやく気が付く。
「おい沙羅、お前今どこにいる?」
『どこ。て、こんなことできるのは部室に決まってんじゃん。』
「あほかお前は!絶対そっちにも連中が向かうだろが!」
『向かうどころか監視カメラ見てたらすでにこっち来てるね。どこかの誰かさんがしくじったから。』
「それはそのマジですまん。」
『いいから!合図!』
風花が弘の方を見る。弘は拓斗に目線を送り、大きく一拍呼吸をした。
「…今!」
瞬間、校内中からけたたましい警報音が鳴り響いた。
わずか数十m先に迫った正門の警備員も、何事かと混乱している。
「今のうちに行ってくださ~い!」
相変わらず綾は、助手席でゲラゲラ笑いながら運転手の肩をバンバンと叩いている。運転手も運転手で楽しくなってきたらしく、笑顔で叫びながらハンドルを握っていた。
トラックは警備員の横を疾走し、門の外へ出る。
50年を超えて、テキサンは再び脱出を果たした。
──2年目11月 シンメトリー作戦最終フェイズ +00:00:40──
校内中に鳴り響いていた耳障りな警報は、ついさっき鳴りやんだ。
3年前に成績データベースを改ざんした時も思ったが、畿内高専のシステムエンジニアはかなり優秀だ。趣味レベルの沙羅のハックなど、容易く封じられてしまった。
ここまでくると、普段から沙羅がサーバー内に常駐させていたソフト達も、意図的に見逃されていたのではと思ってしまう。ひょっとしたらこれも、(彼らは教職でないにせよ)教育の一環なのではないだろうか。
レストア部PCからパーツを抜き取り、鞄に突っ込む。外に出ると、既に校舎側の道から懐中電灯の光が伸びてきていた。
いつもよりも少し急ぎ足で、鍵のかかった裏門に足をかける。ふと、右手の実験自然林のほうへと目を向けた。裏門から帰るときの、無意識な動作だ。
しかし、そこにいつもいた銀翼はもういない。だけどそれは、1年前までは有り得た最悪の結果ではない。
裏門を飛び越える。周囲は林道なので、校内よりも真っ暗だ。
「さぁ~て、これからどうすっかね…。とりあえず裏門から逃げるとして、そっから何ができるかな。」
「少なくともお前はこれから、私たちについていくことができるよ。」
後ろから急にライトが照らされる。目を守りつつ、振り向くと、白光の中に一人、腕組みしながら立っている人影がいた。
「…気取るねえ。まあ、らしいけど。」
「たりめーよ。私が沙羅を見捨てるかっての。」
徐々に慣れてきた目が、風花の悪い笑顔を捉える。懐かしく、そしていつもの顔。
ふと思い出した。3年前、成績改ざんで喰らった停学処分明け。沙羅を腫れ者扱いし、クラスの男子が誰も話しかけてこなかった中、わざわざ隣の学科から風花が目を輝かせてすっ飛んできた。
2人で再び始まった非行研。最初はギブアンドテイクの関係にすぎなかった。風花はあのころと変わらない。
だが、今の風花はくすぶっていない。
彼女の眼は、全てを見通す。風花の眼は、沙羅の瞳孔を突き刺し、脳天を貫通し、はるか遠くの空を見ている。
目の奥で燃やしている火は不完全燃焼ではなく、様々な風に吹かれて轟々と燃えている。
そして、彼女の目指した空まで、あともう少しのところまで来ている。
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