第92話 シンメトリー作戦最終フェイズ +00:00:15

──2年目11月 シンメトリー作戦最終フェイズ開始まで +00:00:05──


「結論から言おう。高専祭終了をもって、テキサンを買い戻させてもらう。」


風花が大会議室に入るや否や、校長が容赦なく言い放った。


「買戻しにOB会が応じない場合、本校の公認を取りやめる。その旨は先ほど、荒島会長にも伝えさせていただいた。

いくら多大な援助を頂いているとはいえ、本校の認定が無いと困るのは向こうだ。応じざるを得んよ…。」


校長は、風花を必要以上に脅す。高専機構から派遣されて数年の、雇われ校長にとって、5年前に畿内高専で起こったことや、有名人である彼女のことはよく知らない。しかしだからこそ、校長は怖気づくことなく、自分の仕事をこなすことができる。


彼女をよく知る教職員からはずいぶんな言われようだが、キャリア街道を進む彼にとって、青臭い若者の反攻など小さな障害でしかない。だからこそ、今後予想される口論でも、引き下がるつもりはなかった。


「あ、はい、いいっすよ。」


「もう十分暴れまわったろう、君たちの悪いようには──え?」


「どうぞ、買い戻しなりなんなりしてください。」


会議室がどよめく。その動揺が、彼女が素直に大人たちの言う事に従うことの珍しさを如実に物語っていた。


「ああそれと、例のなんちゃらセンターでしたっけ?ウチの場所に建てるってやつ。それもバンバン建てちゃってください。」


「…やけにあっさり引き下がるな。」


思わず本心が漏れ出る。こんな学校に関わる者として、面倒な手合いとは多く関わってきた。だが、ここまであっさりと手放す手合いは流石に初めてだ。


「話はそれだけっすか?もう決まりです?」


水瀬風花は、面倒くさそうに肩を回す。眉間にしわを寄せて、首をこきこきまわしている。まるで中年男性のようだ。


会議室の空気は、校長に議題の進行を促している。状況は完全に飲み込めていないが、彼女の気が変わらないうちに宣言することにした。


「理解が早くて助かるよ。それでは、明日から買い戻しに関する手続きを行う──。」


校長が言い切ろうとしたそのとき、彼女の口元に笑みが見えた。言葉が意味として放たれたと同時に、水瀬風花が右手に持っていた用紙が大きく振りかぶられ、長机に強く叩きつけられる。



──シンメトリー作戦最終フェイズ +00:00:08──



『展示アンケート、圧倒的一位は──「レストア部・本物の飛行機に乗ってみよう!」です!』


会場の一部から、必要以上の歓声と拍手が巻き起こる。”レストア派”の協力者であることは明白だったが、何も知らない一般学生は、それにつられて歓声を上げた。


代表者の方どうぞ~!と司会の学生に呼ばれ、舞台上に、強羅綾が登場する。


「やあやあみなさんどうも~。代表者で~す。」


彼女を知る一部の者たちのざわめきと、それを抑えるような歓声が、それまでの盛り上がりとは異質な雰囲気を醸し出している。


何も知らないであろう、女子学生司会者が無邪気に綾にインタビューを行う。


「おめでとうございます!今のお気持ちをズバリ聞かせてください。」


「そうですね~…。敢えて言うとしたら、『ざまあみろ』、です。」


途端に会場が静まり返る。レストア派も、彼女達をよく思わない学生も。


「──みんな、この学校のコンセプトを覚えていますか?”やりたいことができる学校”です。」


強羅綾は舞台上から、このステージに集まったほとんど全ての学生を見据える。


「みんな、やりたいことができていますか?いや、そもそもやりたいことって、なんですか?」


司会の女子学生が戸惑っている。彼女のインカムには、「そのまま待機」との指示しか入ってこない。ステージ運営本部も、戸惑う者と事態を知っている者で分けられている。いずれにせよ、長くもたない。


「私の知り合いには、ハッカソンで優勝をしたいから、部活を立ち上げようとした人がいました。でも、PC部が既にあるからという理由で却下されました。


”やりたいことがない”ことに囚われて、追い込まれている人もいました。その人は、何かしら夢を持つことや目標があることが絶対だって信じ込んでいました。


そして、自分の手で飛行機を飛ばしたい、という人もいました。彼女は色んなことが重なって、夢を叶えられないどころか、自分を見失いそうになりました。」


強羅綾のインカムに、合図が入る。彼女は少し、息を吞む。そして再び、彼らに向き合う。


「だから私たちは、私たちの”やりたいこと”を、全力でやりきりました。誰かに決められたわけでもない。自分の中から沸き起こった欲望に、ワクワクに、それを感じられる時間に、素直に全力で没頭したんです。


でも、わがままを突き通すことはやっぱり難しかった。そりゃ、世の中にはどうしようもないことなんていくらでもあったしね~。…でも、理不尽に抗ってでも、私たちは成し遂げた。いや、これから成し遂げる。


だからこそ、私たちは『ざまあみろ』と、言います。」


綾が言い切ったそのとき、彼女の口元に笑みが浮かぶ。言葉が意味として放たれたと同時に、強羅綾の右手が大きく振りかぶられる。


それを合図に、ステージの照明が一気に落とされる。どよめきと同時に、右側のドアとカーテンが一斉に開け放たれた。



──シンメトリー作戦最終フェイズ +00:00:10──



『11月の高専祭において、来場者アンケートの展示部門人気投票で一位をとることで、テキサンの存在が学校、学生並びに地域社会に益のあるものと示すこと。そのために、裏門再開発計画は11月末まで一時的に延期する。』


それは、1月にレストア部と学校で交わされた約束。


机に叩きつけられたその紙の意図を、その場にいた全員が図りかねていた。


それを見越したように、あるいは疑問など押さえつけるように、風花は高らかに宣言する。


「高専祭で、我々レストア部は展示アンケートで1位を取った。これであんたらの言う『テキサンの存在が学校、学生並びに地域社会に益のあるもの』を示してやった。


まさか、あれだけ有益なものを撤去する、なんて言わないよな?」


水瀬風花は、最高に悪い顔で笑う。その意図が、その場にいるほぼ全員に、徐々に伝わってくると同時に、ざわめきが広がった。


「今ここで、テキサンの撤去を取り消してもらおうか!」



──シンメトリー作戦最終フェイズ +00:00:15──



「レストア部本部より全部員!積み込み完了!出発します!」


弘はそれだけ言い、トラックの荷台に飛び乗る。荷物を放り込み、拓斗も飛び乗った。


「沙羅さん!はやく!」


沙羅はプレハブの入り口で立ち止まり、中を振り返る。ややあってから、沙羅は自身の荷物を放り込み、中に戻っていった。


「沙羅さん!?」


「2人とも先に行って!できることは、全部やる!」


沙羅は再び、レストア部PCに向き合う。それを見て、弘は運転手に発車の合図を出した。


遠ざかるトラックを見送り、沙羅は画面に向き直る。


インカムから流れてきている、綾と風花の動向を聞いている限り、学校側の対応がかなり早そうだった。


このままだと、全員を回収しこの学校を脱出する前に、正門を抑えられる可能性がある。そうなる前に、脱出までの時間稼ぎをする必要がある。


そして今、すぐにその判断を下せて、実行できるだけの力を持つのは、自分だけだった。


畿内高専のネットワークシステムに接続しているレストア部PCには、沙羅がハックで入手したアドミンアカウントが用意されていた。


畿内高専のセキュリティシステム、校内放送システムに、直でアクセスするのは初めてだった。


「──さあ、勝負だ。ウチの優秀なセキュリティエンジニア。」

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