第91話 シンメトリー作戦最終フェイズ-00:00:00

──2年目11月 シンメトリー作戦最終フェイズ開始まで -00:00:30──


「今年度も、畿内高専祭にご来場いただき、ありがとうございました。」


繰り返し、校内中のスピーカーから流れる女子学生の声と蛍の光が、夕焼けの差す畿内高専をノスタルジックな空気に仕立て上げる。


高専祭実行委員の誘導に従って、老若男女が正門から、明日から始まる日常へと帰っていった。


畿内高専祭は、地元住民への還元を目的として開かれている。また、受験生向けオープンキャンパスも兼ねているので、来場客のほとんどはこれらで占められていた。


ようするに、畿内高専総出で”おもてなし”をするためのイベントだった。


むしろ、”在校生による在校生のための畿内高専祭”は、これからが本番だった。


ループ再生されていた蛍の光が、最後まで流れきることもなくおもむろに止まる。閉場時間から30分過ぎ、人払いが粗方済んだことを示すものだった。


ややあって、再びスピーカーから、同じ女子学生の声が響いた。


「後夜祭は、このあと18時から第一体育館で開催します!必ず来てください!頼みま~す!」


先ほどまでと打って変わったかのような、黄色い声。背後からはわずかに、他の女子学生が騒ぐ声が聞こえる。


”やりたいことができる学校”。年一回の宴を控え、変人集団たちに再び活気が戻る。細マッチョイケメンのミニスカサンタ、流行りのアニメのコスプレをした女子学生と、その取り巻き。私服が許される日なのに、律儀に着込んだ制服とウェストポーチを身に着けた、ぼさぼさ髪のメガネ。その誰もが、自分たちの出店なり展示なりの片付けを放棄し、さながらライブ会場のようになった体育館へと向かう。


どうせ翌日は1日中片付け日になっているので、どの屋台も教室も、モノを寄せてゴミを出せばそれでよかった。


校内の空気感は、喧騒と高揚で満たされている。そうして、校内にいるほとんどの学生が、体育館に集まった。



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──シンメトリー作戦最終フェイズ開始まで -00:00:10──


「放送は流れてないけど、やっぱり開かれるみたいね~。今日出勤してる先生方は会議室に集まったよ~。」


「やっぱり。偵察ありがとうございます、綾さん。」


「──はい、時間通りで大丈夫です。それではよろしくお願いします。

…業者さんからの電話。予定通りの時間に来られそう、って。」


「流石に渋滞に引っかかったのは一瞬冷や汗掻きましたね…。沙羅さんも連絡ありがとうございます。」


「レストア派チャットより、後夜祭始まったらしい──って、わざわざ言われなくても、あんだけうるさくしてたらここでも気付けるっちゅーねん。」


「みんなの統制はお前に託してんだからな、SNS中毒者。」


プレハブの空気感は、緊張と焦燥で支配されている。だが、同時に得も言われぬ笑みが、全員の腹の底から込上がろうとしてくる。


「だーーーーーーっ落ち着かねーーーーーーー!私だけ仕事が無いのも落ち着かねーーーーーー!」


抑えきれない風花が、跨っているパイプ椅子をだんだんと揺らす。正直、弘も同じように暴れまわりたい気分だった。


「部長はこの後に一番大事な役割があるんですから、今のうちに英気を養っておいてください。」


「この状況だとただの拷問か生殺しだろーが!」


風花の悶声にかき消され、僅かに拓斗のスマホから着信音が鳴る。


「部長―、出番っす。」


生殺し状態の終了を告げる合図だった。それを聞いて、風花はさらに唸り声のボリュームを上げた。


「仕事になったらなったでうるさいなこの人は!」


「はいさっさと行った行った。」


「あとでい~っぱい話聞かせてね、風花ちゃ~ん」


残りの面子は、風花を容赦なく見捨てた。崖から突き落とされた子ライオンとはこのことだろう。諦めのため息を大きくついた風花は、プレハブから出ていく。


「弘、どうやら今年の女装はクオリティ低かったらしい。予定よりちょっと早い。」


拓斗の声が、扉を締め切ろうとする風花の手を止める。この連絡は、作戦のお膳立てが整ったことを意味した。時計は予定より数分早いものの、誤差だ。


「分かった。」


弘は改めて、全員の顔を見直す。それぞれの目が語るものは、口よりも多く、その覚悟を物語る。


風花の眼は、あの眼だった。


「──作戦開始は予定時刻とします。配置につきましょう。」



───シンメトリー作戦最終フェイズ開始まで -00:00:05──



『はい、ということで、毎年恒例の女装コンテストでした~!いや、今年はレベル高かったですね~!』


後夜祭は盛り上がっている。改めてタイムスケジュールとチャットを確認して、時間が近づいていることを再認識する。


自分ではない誰かが、チャットで本部に「もうすぐ発表はじまります」と連絡を入れていた。


本部からは、「代表者が向かった。予定通りに」とだけ連絡があった。


『これまでちょっと体力のいるステージ続きだったんで、閑話休題!毎年恒例の屋台・展示アンケートの結果発表~!今回も優勝団体には豪華賞品がありま~す!』


まさかこのステージを、こんなに緊張しながら迎えることになるとは思わなかった。震える指で、「発表はじまりました。」と連絡を入れた。



───シンメトリー作戦最終フェイズ開始まで -00:00:03──



正門からは、業者のトラックが何台も入ってくる。ゴミの収集や、レンタル期限が今日までの設備を回収しに来た業者など、様々な色とロゴが書かれたトラックが入ってくる。


それの対応にあたるのは、不幸にも後夜祭に出れない、担当の実行委員だった。若干憂鬱な雰囲気を漂わせつつ、リストにある通りにトラックを誘導していく。


とあるトラックを発見した一人が、正門での誘導係を強引に代わって、そのトラックを校内の奥へと誘導した。



───シンメトリー作戦最終フェイズ開始まで -00:00:03──



「や~や~、呼んでくれてありがとね~。後夜祭なんて久々だなあ~。」


綾が、レストア派の実行委員に案内されて舞台袖に控える。


「ところで、結果に不正とかは無いよね?」


「そんなことしなくても、フツーに圧倒的でしたよ。」


ま、それもそっか、と言い、綾はぐっぐっとストレッチを始めた。これは彼女にとっても無自覚な、緊張時の仕草だった。


そのころ、水瀬風花は、総務課職員に案内され、図書館棟の大会議室の扉の前に立っていた。


もう一度大きく深呼吸をする。


──案ずるな。アイツだって、ここで戦った。私にできないわけがない。



───シンメトリー作戦最終フェイズ開始まで -00:00:00:10──



18時を控えた11月の竹林の空は、周囲よりも暗かった。だが、銀翼が反射するわずかな光は、強く弘の目を刺す。


スマホの物言わぬ時計が、18時を告げる。やり残したことはない。これから全てを決める。全てを清算する。そして、全員で笑う。


静かに、高ぶる覚悟を飲み込んで、高らかに宣言した。


「シンメトリー作戦、開始します。」

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