第90話 シンメトリー作戦最終フェイズ-00:08:00

──2年目11月 シンメトリー作戦最終フェイズ開始まで -00:08:00──


──畿内高専祭 2日目──


気付いたら、裏門の前にいた。


目の下にできたクマは、重さを伴って瞼が閉じようとするのに一役を買っている。背中と腰と脚の痛みは、昨日の帰宅時と比べると幾分かマシだったが、背中と両手にいっぱいの荷物を抱えているせいで、回復する余地は残されていない。


松ヶ崎弘にとって、この1年間、この程度の疲労は日常茶飯事だった。だが、今日のそれは普段と違って、知覚できない重みが増していた。


今日が、この1年間の総決算であることを、頭だけではなく身体が覚えている。だがその前に、つけるべき落とし前がまだ残っている。


回りを林に囲まれた田舎道は、朝でも未だに薄暗い。人の気配もなければ、鳥の声も聞こえない。静謐な空気を割るかのように、重い裏門を開く音が響いた。松ヶ崎弘はそんな静寂に気を囚われるほど、今に飽きていない。


裏門の向こう側は、よく見知った光景。だがこの1年間、絶えず変化し、この2日間だけしか見られない、最後の光景が広がっていた。


テキサンの横につけられたのは、小さい子供でもコクピットに入りやすくするように用意された、手製の階段。


横のブルーシートに覆われているのは、パネル展示用のパーテーションや、レストア部の展示を彩る思い出たち。


更に向こう側には、客をレストア部へ誘導するために、丁寧に張り巡らされた導線と看板。”レストア派”の高専祭実行委員のおかげで、僻地にある展示ブースでも不利になるようなことは無い。


「よ~、お前は毎日早えな。」


後ろから声がかかる。振り返ると、水瀬風花があくびをしながら裏門から入ってくる。彼女の持ち物は、いつもと同じ肩下げバックのみ。髪も整え切れておらず、作業着で登校してきた。


「いくら航空神社で寝てるからって、そんな格好でよく投稿できますね?」


「昨晩帰る時も今登校するときも誰一人出会わなかった。よし。」


なにも良くないが、この人に女子力を求めるのもお門違いなので、それ以上は追及しない。そしてなんだかんだ言って、この人も集合より1時間早く来ている。


やることは昨日と変わらない。今日の展示に向け、準備をする。残りの3人と、実行委員会が派遣してくれる手はずとなっているヘルプ人員は、午後直前からのシフトとなっていた。


「今晩の作戦に向けて、少しでも回復してもらわないと。」


「わーってるけど、それでも朝番がキツいのは事実じゃねーか!」


「午後から寝ていいんですから頑張ってください。」


徒歩10分圏内に寝泊まりしている風花に、当然朝番以外の選択肢は無いことは本人も承知の上なのだが、愚痴は出るらしい。必要以上に早く来ているのは間違いないのだが。


そうやって、風花がグダグダ言いつつ、それに対して弘が適当に返しつつしながら、時間が経過していく。


「…あのさ、弘」


「そういうのは全部成功してからにしてください。な~んかやたらうるさいと思ってたんですよ。」


う゛、と風花が唸る。図星だったらしい。


「…そうは言っても、言えるうちに言っときたいし、正直まだ不安が残るというか…」


「あんたがそれを言うか…。正直僕がこうなったのは、あんたのせいですよ。あんたには言われたかねえや。」


「いや、お前は元から変な奴だったけど。」


あんたには言われたくない、とは敢えて言わないでおいた。未だに弘は、自分が無個性の人間と思っている。だが、このプレハブに風花に引っ張られたあの日からは、成長できている気はした。


遠くから、陽気な音楽と拍手の音が響いてきた。2人は一斉に、自身の腕時計を見る。もう既に、開場時刻の10時だった。


「あれぇ!?おかしくね!?さっきまで8時じゃなかったか!?わりと準備終わってねーぞ!?」


「──あ、準備時間2時間って、5人で作業した時の時間だった。」


とたんに、風花の顔に血色が戻る。


「弘お前!!!!本当に今日の作戦大丈夫なんだろうな!?」


「そ、そっちは大丈夫ですから!手ぇ動かしてください!」



「部長、私なんだけどなぁ!?」


そういう風花の表情は、早朝よりも活き活きとしている。これが、弘の好きな──弘の夢見た、水瀬風花という人物だった。


「風花部長。」


「なんだどした?」


風花が、看板を両脇に抱えながら振り返る。弘は、とびきりの悪い顔をして、


「あんたは、いつもの傍若無人な”風花部長”で、いてください。」


と、言ってやった。

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