第89話 シンメトリー作戦最終フェイズ-01:04:00

──2年目11月 シンメトリー作戦最終フェイズ開始まで -01:04:00──


──畿内高専祭 1日目──


「『テキサンコクピット体験』最後尾はこちらでーす!ただいま整理券お配りしてまーす!」


「お写真はプレハブの方でお渡ししてます。足元お気を付けくださいね、壊れますんで!」


「体験ありがとうございました~。あ、君、アンケートやってかない?書いてくれると手作りキーホルダーをプレゼントしちゃいます~。」


「この竹なんですけど、なんとテキサンの部品と差し替えられていたんですよ。50年間ずっと気づかれなかったんです。」


高専祭が開場して2時間。学内で最も辺境の地にあり、展示の集中している校舎や、飲食物の屋台からも遠く離れた『レストア部・本物の飛行機に乗ってみよう!』は、30分待ちの大盛況を納めていた。


『運営本部より、アンケート案内の綾と撮影係の三宅は交代。休憩1時間ね。』


『沙羅さん!?私も休みたいなあ!?』


テキサンの横で、鶉野修さんの話のパネル展示を解説している弘のインカムに悲鳴が届いてきた。


2時間のシフト制で、昼からのシフトだった風花と弘だったが、あまりの盛況ぶりから1時間と待たずに招集がかかった。


『休憩1時間に減ってな~い…?労働基準法大丈夫~…?』


心なしか、いつも余裕綽々な綾にも元気がない。


『お昼時は流石に人が減るだろうし、即席だけど整理券で混乱は防げてる。私は休みなしにここで作業してるんだから、みんなも頑張ってもらわないと。』


『沙羅の場合は本職だから耐性あるだろうが~』


ごねる風花の肩を叩いて、綾が一直線に部室へと吸い込まれていった。拓斗は弘にカメラを渡して、「昼飯買ってくるけど、金魚すくいでいい?」とか聞いてくる。無視して「うどんで頼む」と言っておいた。


『じゃあ、弘は撮影係兼アンケート案内で、風花はパネル説明兼列整理兼整理券配布ね。』


『私のタスク多くね!?』


インカムの向こう側で、風花がぎゃんぎゃん吠える。インカム越しに、生の本人の声も聞こえてきた。


「…こりゃ本格的に、人が足りないな…。」


弘はとりあえず、目下の仕事に戻っていった。



──────────────────────────────────────



「…私は別にいいって言ったんだけど」


「まあ、じゃんけんなんで」


拓斗と沙羅は、昼食の調達のために、出店へと出向いていた。本来は綾と拓斗の役目だったのだが、「人混み無理~。じゃんけん。」とごねたので、じゃんけんした結果、見事言いだしっぺの一人勝ちとなった。


「私もそんなに好きじゃないんだけど…」


「でも沙羅さん、サバゲー行ったりコミケ行ったりしてません?」


「自分で選んだ人ごみは別じゃん」


「ははっ、分かります。」


分かるのかよ!とは口に出さなかった。レストア部のボケ要員は風花で満員だったはずなのに、思わぬところから刺客が現われた。しばらくは幽霊部員だったり、来るようになってからも弘といつも絡んでいたので気付かなかったが、こうして話すことが増えたことで、徐々にその本性が明らかとなった。


「へいそこの2人!寄ってかない?」


真横から声がかかる。弓道部の屋台だった。見ると中から、はちまきを巻いた優が手招きしている。


「えーと、確か弘とコイツの同級生だっけ。」


「はーい、いつもウチの馬鹿どもがお世話になってます!」


「いやぁ、優ほどでも」


何故か拓斗が応対している。そして何気に酷い返しをしている。


「それはそうとお昼時なんでしょ、うちのたこせん買ってきなよ!」


そう言って、優はたこせんを差し出してくる。大判なエビせんべいに温めた冷凍たこやきをサンドし、ソースとマヨネーズをかけただけのものだが、その大ボリュームで、一つ300円。弓道部は毎年このたこせんを売っていて、そのコスパから人気の屋台の一つだった。


「んー、じゃあ私と綾用に買ってこうかな。あの子意外とこういうの好きだし。」


「まいど~!拓斗と違って先輩は話ができる人だなあ!」


優は沙羅にたこせんを手渡しつつも、拓斗の方をじろじろ見ている。


「えー、いずれ精神的に払うから2つちょーだい」


「精神的にされても部の売り上げにはならないんよ。」


2年電気科の2人はしばらくそんな漫才を繰り広げつつも、拓斗はしっかりとお金を払い、優も優で、作り置きが無くなったので、出来立てを用意していた。


「まぁ、精神的に返して欲しいのは、明日のことなんよね。」


出来立てのたこせんを拓斗に手渡しつつ、優は悪い顔をする。


「これ、お主もわるよのぅってやつ?」


拓斗はたこせんを受け取った方と反対の手で、人差し指と親指で円を作った。


「これが賄賂ならもう一個ぐらい買って欲しいんだけどなぁ?」


「いずれ、精神的に。」


沙羅はこの一連のやり取りを、少し羨ましく眺めていた。


(結局私には、こんな高専生活は無かったな。)


爪弾き者たちの寄り合い所帯が、彼女の居場所であった。彼らのように、純粋な青春がなかったどころか、自分で選んでいるとはいえ、どこぞの誰かに付き合わされた結果、きな臭い環境に身を置き続けている。


もちろんこの日々も楽しいものだった。だが、時折こういう光景を目の当たりにすると、羨ましくならないわけではない。


「まぁ、拓斗も楽しそうにやっててよかったよ。お前は本当に宇宙人だからな。──まあ、楽しくやってるようでよかった。なんか変だけど、お礼言わせてください。…レストア部、正直羨ましいですよ。」


優が沙羅に語り掛けたことに、沙羅が気付いたのは、少し間をおいてからだった。


──ああ、そうか。


沙羅は僅かに笑った。自分の愚かさに対して、自嘲半分に。


そして、沙羅もとびきりの悪い顔をして、「いずれ、精神的に返すよ。」と言ってやった。

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