第74話 2年目10月③
実際のところ、なんで走っているのかわからなかった。
学校のホームページで見つけた工事計画予定には、『解体予定設備の電気供給停止』と書いてあるだけだった。
そもそも、レストア部のPCと繋がっていないだけだ。ついにあの違法PCの存在がバレて、無断で電線に張っている光ファイバーが撤去されているか、高専のデータセンターが工事で停電している可能性も高い。
総務課にメールして確認するだとか、電気が来ていないとかで明日抗議するとか、先にやることはいくらでも思いつく。だがら、弘には走る理由がなかった。
日曜日の16時。電車通学の弘は、どうあがいても下校時刻の17時を超えて学校に着くことになる。
それに今日、学校に行ったところで、工事の人間も、学校の職員も誰もいない。
それでも、飛び乗ってしまった電車は、弘の理性を察して止まってくれるわけがない。
30分前にグループチャットで「今から確認しに行きます」と送ってから、スマホにはときどき通知が来るが、開くほどの余裕はない。
自分が無駄な行動をしている自覚はある。だから、理性が身体を止めようと脳みそをフル回転させている。
「どうしてこんなことをしている?」と、理由を考えるのに必死で、理由を思いつくたびに、勝手に学校へ向かう身体を説得する。だが、身体は納得するはずがない。
理性すらも、走る理由を肯定しようとしてしまうから。
弘はとっくに、テキサンに囚われていた。
水瀬風花のように、一途になれるわけでもない。航空機に夢中になっているわけでもない。自分の夢を使って、自分に牙をむく環境に挑む動機もない。
有明沙羅のように、自分の好きなことがあるわけでもなければ、特技を活かして誰かと共犯するだけの能力も、意思もない。
強羅綾のように、たとえ周囲と違う価値観を持っていても、それを自分だけの役割に変える器用さも目的もない。
それでも、弘はテキサンのために行動し続けた。そしてテキサンは、弘に何十年もかけた想いを託した。
託されたものに見合うだけの才も努力もなければ、託されたモノの重さすらも分からない。
それでも、今こうして走っているのは、あの銀翼に対する責任があるからだ。
責任。
弘を動かす、今はただ一つだけの言葉。
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水瀬風花は、1時間たっても既読にならない、弘宛てのメッセージを見ながら、頭を搔く。
「あの責任馬鹿、本当にどこまで馬鹿真面目なんだよ…。」
11月。彼から見抜いた多少の興味と、多少の難癖と脅迫で入部させた時も。
1月。テキサン撤去危機を巡ったプレゼンの仕事を押し付けた時も。
8月。プロペラ基部を巡った問題で、何の縁も義理もない飛行神社にわざわざ出向いて、面白くもない話と基部を持ち帰ってきたときも。
あの男は、そんな義務もないのに、”レストア部全員の”責任を果たし続けてきた。彼一人が負う必要のない問題解決。その全てを自分の責任と自覚して、誰よりも働いた。
風花にとってみれば、レストア部の誰よりも異常な人間だった。
恐らく、こんな日暮れの時間なのに、彼は高専に向かっている。自分の責任を果たすために。
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下校時刻の17時を回って30分ほど。正門は当然の如く施錠されているが、深夜残業が当たり前のレストア部は、裏門をよじ登って登下校することがもはや日課となっている。
弘はいつもそうしているように、しれっと裏門を登って校内に侵入する。門のすぐ裏は、見慣れたいつもの部室とテキサン。
以前のように、テキサンに貼り紙はされていない。部室にも、誰かが立ち入った痕跡がない。
いつものように、手癖で部室の照明のスイッチを探し、オンにする。
だが、蛍光灯はつかない。外に回り、スマホのライトで、ブレーカーを照らし、落ちていない確認する。通知は見て見ぬふりをする。
ブレーカーは主電源が落とされていた。たまに落ちる部室のブレーカーだったが、主電源が落ちたことは一度もない。
自転車を飛ばしてきたせいで既に汗だくだったが、さらに嫌な汗が出てくる。今度の汗は冷たい。
校舎に続く道を南下する。既に日は落ち、木々に囲まれている道は夜と変わらない暗さだった。
少し林を回り込んだ先で、見覚えのない立て看板と三角コーンが、行く手を遮る。
よく見れば、白と青で構成された、見覚えのある立て看板。工事現場によくある物だった。
弘は、看板の内容を読み込んだ後、スマホで写真を撮って、レストア部のチャットを2時間ぶりに開き、写真とメッセージを送信した。
『新校舎建設のための工事で、立ち入り禁止になっています。』
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