第75話 2年目10月④

 「おい顧問!これはどういう了見だ!」


 翌日、月曜日の朝。1時間目の授業が始まる30分前に、風花と弘は顧問の研究室で出待ちしていた。


 出勤してきた顧問の後ろ髪は少しはねていて、だらしがないというほどでもないが、清潔感は無い。


 眠そうな眼は、「朝から面倒な連中につかまったもんだ」と物語っている。


 「朝から面倒な連中に捕まったもんだ…」


 本当に言った。いくら教員免許の要らない高専教師だからって、教師の風上にもおけない。


 だが風花は一々突っ込んでられないのか、それともボケ役は私だとでも言いたいのか受け流して本題に入る。


 「ウチの部室とテキサンが、裏門付近丸ごとひっくるめて工事で立ち入り禁止になってんだよ!先週教員会議あったんだろ。なんも聞いてないのか?それとボケ役は私の役だからコイツが突っ込みたくなるような変な言動は控えてもらおうか!」


 「一言多いなあ!?」


 とうとう堪えられなくなった弘を無視して、2人は会話を続ける。


 「あ?なんも聞いてないが…。どうせあれだろ、工事会社の手違いとかだろ」


 「ブレーカー落とされてンだよ。それに看板に堂々と『実験自然林再開発事業』って書いてんの!」


 そこまで説明して、顧問の眠そうな眼は、眉間にしわを作った。


 「…わかった、なんとかしとくから、お前ら授業行け。特に松ヶ崎。お前これ以上成績落ちたらヤバいって主任にくぎ刺されてんだよ。頼むから俺の授業は落とさんでくれよ?」


 「う゛…了解です…」


 「や~い成績悪いでやんの、これでもう私を馬鹿にできねえなあ?」


 嬉しそうな風花に抗弁の一つでもしてやりたかったが、ぐっと飲み込んだ。



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 実験自然林には、既に冷たい風が吹き込んでくる。


木々の擦れる音から、葉の擦れる音はわずかに減っている。沙羅の頭には、微妙に褐色が入った葉っぱが乗っかってきた。


「さ~む…。」


手で頭頂部の異物を払いのけた後、反対側の二の腕を摩擦する。


地面に二度目の着地を果たした落ち葉は、他のまだ新しい落ち葉に混ざり、どれがどれだか分からなくなった。


沙羅は、その新鮮な落ち葉の上にうつぶせになり、稜線からレストア部の部室を監視していた。


「カイロ要る~?」


隣で伏せている綾が、鼻を僅かにすする沙羅にカイロを差し出した。


「そこまでではないから大丈夫。というか、まだ10月だから流石に時期が早くない…?」


「私寒いのほんと無理なのは知ってるでしょ~?」


そういって、綾は季節外れのマフラーをまき直し、首とマフラーの間に、差し出したカイロを閉じ込めた。


「…ねえ、首をあっためてた回路を渡そうとしたの?デリカシー意識どうなってるの?」


「わあ~酷い言われよう。いくら双眼鏡持って無いからって、エアガンのスコープで狙ってるような人がなにを~?」


「仕方ないじゃん…だってこれが一番高級品だし、他のスコープはぜんぶ部室だし、地面におけるし、色もカーキで目立たないし…」


流石に自分でもどうかと思っているので、もごもご言い訳をしている。元はといえば、ちょうど1年前、風花の指示で設置したOB会監視用に持ち込んだものだった。


確かに、撃てないようにしているとはいえ、エアガンで工事員の人達を狙うのは気が引ける。だが、工事区画で立ち入り禁止になっている実験自然林の中に立ち入って、ばれないように監視するには意外と向いている道具でもあった。


「とはいえ、道や部室周りに工事の人が集中しているとはいえ、こんなところにいると流石にばれるんじゃないの?一応工事区画だよ?」


「そこは大丈夫~。いざとなったら逃げるだけ~。」


「何も大丈夫じゃなくない?」



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授業中だというのに、拓斗のスマホはずっと小刻みに震え、拓斗の集中力を邪魔してくる。


弘や3年生の諸先輩方と違い、優等生であることで黙認された自由を得ている拓斗は、ストイックにも授業中にスマホを見るようなことはしなかった。


弘はいつも授業より、他の作業に夢中なようだが。


だが今回は事が事だけに、こっそりとスマホを確認する。内容は、OB会やアンフライ、顧問からのメールや、授業時間中なのに喧しいレストア部チャットの通知。


その全てに目を通し、綾と個人チャットでやり取りをして、大人たちに返信していく。顧問宛のメールは、ばれないように時間指定することを忘れない。


状況はかなり混乱している。


どうやら、裏門一帯の工事は業者の間違いではなく、本当に決定されたことらしい。


そしてその事実を、畿内高専の巨大パトロンであるOB会、外部の企業として高専、ひいてはレストア部と契約したアンフライ、レストア部の責任者である顧問、その誰一人にも通知されていないこともまた、事実だった。


拓斗は、それらのメッセージを閉じ、SNSを開く。インフルエンサーである彼のアカウントには、毎日数件のDMが届く。


そのうちの一つ。去年の12月に、メッセージを一方的によこしてきたアカウントとのDMを開く。


「…こりゃ、本当に面倒なことになったのかもな。」



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更新がおそくなっており申し訳ありません。更新頻度を上げるために、1話ごとの文字数を減らしながらも、定期更新を優先していくつもりです。

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