第73話 2年目10月②

10月最初の土日は、校舎の停電と近代化工事で登校禁止だった。


設立から50年たった畿内高専の設備は言わずもがな老朽化しているので、弘の入学した年の一年前から卒業予定の3年後まで、順次様々な設備をリフォームしていくことになっていた。


1月にプレゼンで使用した大会議室を含む図書館棟もその第一弾で、ITベンチャー企業を思わせるワークスペースやミーティングルーム、機械科主導で設置された、3Dプリンター等が自由に使えるフリーラボ等々、横文字系の豪華で最新の設備が導入されていた。


元を正せば、去年の”テキサン撤去騒動”も、この校舎大規模リニューアルの影響だった。


建築科所有の実験自然林とテニスコート、課外活動棟の一部、そしてテキサンを撤去し、何かしらの新設備を設置する予定だったらしい。


”予定だったらしい”とは、未だに裏門付近の再整備案がまとまっていないから、というのは、拓斗の情報だった。


とりあえず撤去してから考える。各学科や産学連携センターは、新しい土地も施設も欲しくてたまらない。案に事欠かないことは間違いがないので、撤去している間に決めればいいと思われていたようだった。


しかしこの裏門付近の再整備計画は、沙羅と畿内高専OB会の手によって無期限の延期となる。


元より、高専の敷地から僅かに突出している裏門付近の実験自然林とレストア部王国領土の所有者は、畿内高専OB会となっていることが判明したからであった。


1月のプレゼンで、テキサン撤去を撤回させることになった決定打であるこの情報は、弘が血反吐を吐きながら資料を作っている裏で、沙羅が発見した。


50年前、畿内高専設立の際、「高専設置嘆願会」なる組織が、土地の所有者であり会の幹部でもある、新見なる人物から譲渡された土地。それが、畿内高専設立後、後継となるOB会に権利が譲渡されていた。


いくら契約といえども、50年前。国立高専という組織は、人の入れ替わりが激しい。忘れられているのも無理はなかった。


もちろんそれはOB会も例外ではなかった。テキサン撤去騒動が終わった後、高専とOB会で土地の使用について、新たに確認が交わされた。その結果、確かに土地の所有者はOB会であったものの、その管理権は高専が持っていることになっていることが分かった。


つまるところ、学校はOB会に伺いを立てることなく、テキサンを撤去してよいこととなる。


幸いなことに、この事実が確認されたのは、学校とレストア部間の約束──『11月の高専祭において、来場者アンケートの展示部門人気投票で一位をとることで、テキサンの存在が学校、学生並びに地域社会に益のあるものと示すこと。そのために、裏門再開発計画は11月末まで一時的に延期する。』が交わされた後だったので、少なくとも学校は12月まで、裏門とテキサンに手を出さないことになっていた。



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『っれ、今週の計画停電って、土曜で終わりだったよね?』


沙羅のメッセージがレストア部のグループチャットに送られたのは、日曜日の午後のことだった。


『なんか全然、レストア部PCにアクセスできんわ。遠隔で電源入ったら、自動でリモートコントロールが立ち上がるはずなんだけど』


レストア部部室にあるPCは、沙羅の手によってかなり危ない改造が施されている。校内のネットワークに無断で接続しているうえ、どうやって用意したのか分からない偽のアドミンアカウントでログインしている。


サーバーに無断で常駐させ、テキサンに関する動きがあれば即座に検知し通知するテキサンぱとろ~る君ver1.0に、校内ネットワーク用のメッセンジャーを覗き見れるだけでなく、内容の改ざん、送信先の改ざんが可能なテキサンまもる君ver1.2等々、普通に犯罪レベルのソフトウェアもこのPCから指令を出していた。


『リモートコントロールのアップデートでも入ってるんじゃないですか?そうじゃなかったら弘がコンセント抜いたとか』


『なんだ弘かこの野郎』


『抜いてないし最近あのパソコン触ってねえよ』


拓斗からは相変わらず変化球を飛びこえて流れ弾のようなメッセージが飛んでくる。律儀に返す弘も弘なので、遊ばれていることは自覚していない。


拓斗と沙羅は情報班ということもあってか、最近は地味に意気投合している。沙羅は拓斗に悪乗りして弘をからかうようになったし、拓斗はあのPCの危ないシステムの使い方を教わっている。正直、あんな男にあんな危ない物を扱わせたくはない。


『いや、こういうときにこそ動いてほしいじゃんこういうの。ちゃ~んと金曜に確認した。』


『じゃあやっぱり弘ですね。』


『違うからね?停電が続いてるなら学校のお知らせとか見たら載ってるんじゃないですか?』


たしかに、とだけ返信されてきて、しばらくメッセージが途絶える。数分経って、


『いや、やっぱそんなお知らせないね』


と返ってきた。弘の胸中に、わずかな靄が生まれる。手元のタブレットのブラウザを立ち上げ、高専のオンライン掲示板を開く。今週末の工事に関する通知のPDFを開く。


靄は、絡まる糸毛糸玉ほどのサイズとなり、胸のスペースを占領する。圧迫された心臓がきゅっと縮み、全身の血の気が引く。


工事計画予定の、日曜日の項。『解体予定設備の電気供給停止』の文字。

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