2年目秋 彼らと銀翼の最後の戦い

第72話 2年目10月①

──2年目10月──


2か月弱もある、畿内高専の長い夏休みが終わるころには、風が冷える季節になる。10代後半の少年少女(主にオタク男子)がこれだけの期間、学校に行かないとなると、どんな変化が起こるか。


答えは色々とあるが、主に「生活習慣が逆転する」が該当する人間がその多数を占めていた。


最初の授業日、1限に間に合った人間は全体の4分の3。そのうち授業を起きて過ごせた者は2分の1。


まともに学生としての本分を果たしているのは、40%に届いていない。


「えー…今は佐竹くんまで行ったから…次は松ヶ崎君だね。ここ読んで。」


「…はい。」


毎年どころか全学年共通の恒例行事なのかは知らないが、先生は五十音順で「さ」から「ま」まで飛ぶ事態になっても平静を保っている。かく言う弘も2年生なので、今更動揺していられない。


遠くで小笠原美紀が欠伸をしている。日置優は堂々と机に突っ伏していた。この2人は夏休み期間ずっと弓道部づくしで、昼夜逆転する暇はなかった代わりに、合宿に大会に国体など、かなり多忙な日々を送っていた。なぜ片方が起きていてもう片方が寝ているのか、その差の理由は弘には分からなかった。


教科書を読む片手間で教室を眺めながら、そんなことを考えていた弘も弘で、夏休みは弓道部に負けないぐらい、イベントが盛りだくさんだった。


まずタケコプター問題に端を発する、風花の過去、5年前の事件カミングアウト。


そして謎の少女に教えられた、50年前のテキサンを取り巻く昔話。


締めに、強羅綾が松島から持ち帰ってきた「新しい後ろ盾。」


9月の連休に取られた休みを使い、一人旅に出た強羅綾が、旅先の航空自衛隊松島基地から持ち帰ってきた土産は、風花の──ひいてはレストア部の最終目標、”テキサンを飛行させる”の実現可能性を一気に高めた。


放置飛行機を再生するベンチャー企業の株式会社アンフライ。松島周辺の空域管制権と、飛行機の完全レストアの経験がある彼らとのコネクションを得た強羅綾は、レストア部の定期ミーティングである提案をしてきた。


「──つまり、アンフライとレストア部である種の”コラボレーション”をするっていう提案だね~。私が考えたことには考えたんだけど、むしろ乗り気で詳細案を提示してきたのは向こうの方。

アンフライは私たちのテキサンのエンジンオーバーホールと、再飛行に必要な検査、つまり、アンフライ管理空域で飛行できるために必要な作業全てに全面的に協力してくれると言ってる~。」


強羅綾の口調は至っていつも通りだった。だが、その内容はその場にいた全員に衝撃を与えた。


そしてなにより、彼女が自分からこの手の提案を積極的に行ったことが初めてだった。


思わぬ事態の進展に驚いた大人組は、綾と部長の風花、そして遠く東北のアンフライから訪れた図師という男を交えて、数日間ずっと話し合っていた。夏休み最終日を迎え、ついにゴーサインが出た。


決定事項は概ね、アンフライの最初の提案から変わっていなかったが、飛行直前までの作業は全て畿内高専で、レストア部を交えて行われることとなった。


これは風花が「テキサンはこの学校で、学生の力で直すべきだから」と主張したからであった。


テキサンは夏休みを全力で使ったことで、弘が作った修理計画に基づく修復は終わっていた。状態に関しては図師とアンフライの技師によるチェックも入っていて、再飛行は現実的という太鼓判も貰っていた。


ここまでが昨日までの顛末だった。この件においては弘はそこまで関与していないので、9月の後半は半ば休日のようになっており、60%以上の学生が死屍累々となっているこの教室でも起きていられている。


「じゃあ松ヶ崎の後ろ、三宅──は夢の世界か。じゃあ次は吉田だな。」


拓斗は堂々と「ふごー」といびきをかきながら、天井を見上げていた。


弘と違い、拓斗はアンフライとの交渉で、当事者である綾と風花の次によく駆り出されていた。


三宅拓斗は、重度のSNS中毒かつインフルエンサーである。そしてレストア部では、強羅綾に次ぐ「優等生」でもあった。


それ以外のメンバーが学校の覚えがよくないのも事実だが、それを差っ引いてもこの2人は学校、ひいては学科の先生に気に入られている。現に今、拓斗はいびきを書いて堂々と寝ていても、先生にため息の一つも付かれなかった。普段は積極的に授業に参加している手合いだからだ。


高専のイチ部活が外部の企業と関わるとなれば、学校を通す必要がある。綾と拓斗は、レストア部が学校と交渉する上での主戦力だった。


 1月、弘がプレゼンをしている裏で、拓斗は”支持基盤の確立”を任務としていた。


広報役としてSNS上で学生の支持を得るだけでなく、学校側の人間──学科の教員や顧問との関係強化が、この場面で特に活きた。腫物の”非行研”ことレストア部が、学校から好意的なYESを勝ち取った。


レストア部は、学校、学生問わず、徐々に信頼を回復している。


実際、今朝登校してきたときに、弘は挨拶したクラスメイトのほぼ全員から、「レストア部なんかすごいことするんだって?」と話しかけられた。


美紀と優には「ついに学校から謝罪を引き出して新入部員が20人来たって噂が流れてるけど」なんて教わる始末だった。


その度にドヤ顔をする拓斗は無視した。


どうやらあることないことをあらぬところから吹聴して回っているらしく、「拡散できれば何でもありよ」と本人は開き直っている。


弘の胃が多少痛くなったわりには、得るものの多い夏休みだった。


アンフライのテキサンプロジェクトチームは、今週末から本格的に参加する。このままうまくいけば、高専祭にはエンジンの始動が展示できそうとのことだった。


全てがいい方向に向かっていた。

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