第68話 綾の夏休み③

「国内には、数百機に及ぶ大量の航空機が保存されています。しかし、博物館や自衛隊の保存機ではない、民間の施設で展示、あるいは放置されている機体は誰も把握できていません。

 我々の会社では、そういった放置航空機の再活用に焦点を当てたサービスを展開しています。」


ベンチャー企業、株式会社アンフライの役員を名乗る目の前の中年サラリーマン、図師は、興味津々な綾に会社概要のパンフレットを渡し、饒舌に解説している。幸い綾は高専生だし、図師と言う男に興味が抑えられなかったので問題は無いが、10代後半女子にする話ではない。


めくったパンフレットには、アンフライ初の仕事の様子が写真で紹介されている。そこには図師以外にも、複数人の作業服姿の男性たちが、クレーンで飛行機を吊り上げる作業をしている姿が写されていた。


「…パンフレットを見させていただいた限り、御社の主な業務は、放置飛行機の回収や展示飛行機の保全作業のように見受けられます。

 ですが、先ほど『古い飛行機の再飛行も手掛ける』とおっしゃっていました。それはなぜ、そのような事業をしようと思ったんですか?」


綾が予想以上に食いついてきたせいで、図師はかなり戸惑った。


「きみ、本当に若い女の子とは思えないほどしっかりしているね。就活生かな?」


「…あ、すいません。私は強羅綾と申します。畿内工業高専の4年生で、レストア部──T-6練習機のレストアプロジェクトに関わってます。今日も、その関係でここまで来ました。」


途端に、図師の表情が戸惑いから納得の表情へ、そして驚きの表情へと変わっていった。この人は口だけでなく、表情も相当豊かだ。良い意味で裏表のない人なのだろう。


「そうか、強羅さんは高専生なんだね。どうりで──。しかも、あの”テキサンレストアプロジェクト”の関係者だったとは。合縁奇縁だ。」


「ご存知だったんですか?」


「ええ。ウチの若い者が、いつもつぶやきを見てますよ。」


レストア部は、松ヶ崎弘がプレゼンで奮闘していた裏で、様々な裏工作や保険づくりを行っていた。”レストア部公式SNS”もその一環で、SNS中毒かつインフルエンサーの三宅拓斗によって、界隈ではそこそこの知名度と支持を得ていた。


インターネットに疎い風花と弘はよく分かっていないどころか、大して知らないが、少なくない額の援助金とシンパを獲得している。


「いやあ、同業者とこんなところでお話しできるなんて嬉しいなあ。しかも将来ある若い人だ。日本の航空機業界に必要なのは君たちのような──失礼、私ばかり舞い上がっちゃって。」


 「いえいえ全然構いません!私も、もっと御社と図師さんのことについて知りたいです!」


 この時点で、綾の体調不良はすっかり忘れられ、興味が脳内を支配していた。


 「そう言ってもらえてうれしいよ。でも僕ばっかりが話すのもなんだし、身体は大丈夫──」


 「ご心配なく、おかげさまでこの通りです!いろいろと質問させていただいてよろしいでしょうか!?」


 かなり食い気味な綾だったが、図師は嬉しそうだ。


 「そういうことなら、少し見てもらいたいものがあるのだけど、付き合ってもらえないかな?ここに長居するのも悪いからね。」


 図師は救護室にいた自衛官に声をかけ、人を呼んでいた。そして2人は、再び熱気あふれるコンクリートの平原に足を踏み入れた。


 「色々と聞きたいことがあるようですが、その前にウチの会社のことについて、もう少し詳しくお話しさせてください。」


 図師はそう前置きしながら、早くも噴き出してきた汗をハンカチで拭いていた。


 「先ほどご紹介した通り、ウチの会社、アンフライは、主に国内の放置飛行機をターゲットにした、再活用・再生事業を手掛けています。まだ使える部品を買取や修理、保存機や展示機の補修──そして、動態保存化と再飛行。

ところで強羅さんは”改正航空法”についてご存知ですか?これは本当につい先日施行されたばかりの法律で、最近急速に普及してきたドローンや、学術研究用気球のラジオゾンデ、民間企業ロケット──そういった”小規模航空事業”が台頭してきた現代に合わせて改正された法律です。

具体的には、これまで自衛隊や民間航空機関が管理してきた空域以外の非管制空域を、特定の許可を受けた事業者が限定的に管制できるようになります。当社は、この改正航空法最初の”特定空域管制事業者”に認定されました。」


改正航空法。航空界隈では少し話題になっていた。だが、綾たちレストア部にはさほど関係ないとして、話のタネ程度で終わっていた。


レストア航空機と改正航空法。当時はこの両者になんの関係も思いつかなかった。だが、目の前の中年サラリーマンは、何かを匂わせている。


「図師さん、お待ちしておりました。」


しばらく話を聞いたり、考えたりしているうちに、2人は一般客は立ち入り禁止の区域の格納庫前に来ていた。


図師を呼んだのは、体格のいい中年男性。どこからどう見ても自衛隊の幹部だ。


「三佐、すいません、遅くなりまして。突然で申し訳ないのですが、こちらの子も一緒でよろしいでしょうか。」


「ええ、図師さんが宜しければ構いませんよ。今、鍵を空けますので。」


一通りの社交辞令を終えたのを見計らい、図師は再び綾に話しかける。


「アンフライでは、創立後初めて一機の飛行機を完全に復元することが出来ました。まだこの地にウチの格納庫はないので、今は自衛隊の格納庫を間借させてもらっています。

そして、アンフライは認定事業者第一号として、松島進入管制区の一部を自衛隊と共同管制することになりました。これでも国家事業ですからね。

つまるところ、わが社は松島周辺の空域で、ウチの責任で飛行機を飛ばせるわけです。」


格納庫の扉が開きはじめる。


それは同時に、綾の中で点と点が繋がる音だった。


「ちょっと勿体つけすぎましたか。紹介します。これがアンフライ初の再生飛行機──日本海軍局地戦闘機”紫電改”です。そしてアンフライは──レストアした飛行機を、松島で再飛行させます。」



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新年度が始まり、本業の方で忙しく、2日に1話ペースの更新とさせていただきます。

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