番外編 強羅綾のなつやすみ
第66話 綾の夏休み①
「はぁ~。若者たちは青春してるねえ。」
吊革につかまりながら、同じく若者の強羅綾はスマホをスクロールする。レストア部のグループチャットでは、昨日までの作業進度の確認や、各々の報告、くだらないやり取りが右往左往していた。
畿内高専では大学と同じく、8~9月にかけて夏休みが取られる。レストア部はそのほとんどの期間を使い、修復作業を進めていたが、8月のお盆と9月の連休は、顧問命令で長期休みを取っていた。
そんなわけで9月の連休初日、強羅綾は一人旅に出ていた。
『つーか綾はどこ行ってんだよ。貴重な休みに休まないで一人旅なんて、青春って感じで若くて、わたしゃ羨ましいよ。』
風花に名指しされたので、それまで何も書き込んでいなかったグループチャットで返信する。
『ないしょ~』
「青いのはどっちなんだか。」
もちろん後者が本音で、これは独り言として処理された。学年が一つ下の風花より若いのは残酷な事実だが、8月に松ヶ崎弘と青春劇を繰り広げたのは風花の方だった。
それまでの風花は過去に類を見ないほどの落ち込みようだったが、鶉野修の話と、松ヶ崎弘という変わり者の力で、以前よりもさらに元気になっていた。
鶉野修。半世紀前にあのテキサンに関わり、わざわざ凝った仕掛けをしてまで、自分の経験談を伝えようとした人物。
おそらくあの話を聞いたとき、誰よりも一番あの人物に興味を持ったのは、OB会や風花でもなければ松ヶ崎弘でもなく、綾自身であると断言できる。
『矢本。矢本です。お出口は右側です。』
車内放送が流れる。それまで車両のシートを占領していた、大きなカメラを持った集団がいそいそと立ち上がる。
『次は矢本です。松島基地航空祭臨時シャトルバスをご利用のお客様は駅を出て右側のロータリーでお待ちください。』
そう、貴重な休日を使って、彼とテキサンの過ごした地、松島基地まで来るぐらいには。
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強羅綾は、好奇心が強かった。
幼いころから、なんでも知りたがる。親や親族は「賢い子に育つ」とか「毎日質問攻めされる身にもなって」とか口々に言っていた。
だが、時がたつにつれ、彼女が”人間”に極端な興味を持つようになった。
仲良くなったら質問攻め。仲良くなくとも質問攻め。
「なんでそれが好きなの?」「嫌いなの?」「なんで喧嘩したの?」「なんで仲良くするの?」「なんで」「なんで?」
煙たがられるのは言うまでもない。ある程度分別がつくようになってからは自重することができたので、普通に生活する分には失敗することは無くなった。
やがて中学を卒業しようかというとき、綾は畿内高専を志望した。
「成績がいいのに勿体ない。」「高専も賢いけど、あそこは普通の学校じゃない」「女の子も少ない」「機械とか好きな印象はなかったんですけど」
担任や学年主任は、何回か親も呼んで面談していた。だが母親も母親で、「私もあの子が何を考えているのか分からないので…」と言うしかなかった。
だって、綾自身、よくわかっていなかったから。
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意識が戻る。頭と瞼が少し重くて、覚醒しながらもしばらくそのままの姿勢でいた。
いつの間にか寝ていたらしい。わずかに目を開けると、白い天井と蛍光灯の灯りが起床を促す。
上体を起こし、掛けられていた白いブラケットをよける。真夏と言えども、室内は冷房が効いているので、少し汗ばんでいる程度だった。
「あら、もう大丈夫なんですか?」
声の主は、カーテンを僅かに開き、綾に話しかける、遠目ではグレーだが、よく見ると緑や茶が混じった迷彩服と帽子を被った女性の自衛官だった。腕には『医官』と書かれた腕章。
「大丈夫かい?まだ具合が悪そうだね…。急ぎの用がないなら、もうしばらく休んでいきなさい。」
女性医官とは別に、僅かに白髪を持つ、眼鏡の中年男性が奥から出てくる。
「あ…。すいません。そうさせていただきます。それと、助けてくださってありがとうございます。」
「構わんよ。今日は予想以上に暑いから、臨時の救護室はどこもパンクしちゃってね。基地の救護室を使わせてもらったよ。だいぶ歩かせたね。」
その瞬間、外から音割れしたスピーカーのような轟音が響いた。音は衝撃となって、医務室の窓を揺らす。
時計に目をやる。時間は午後2時。ちょうどブルーインパルスの展示飛行の時間だった。
「ブルーが見たかったなら、気の毒だったね。明日も飛ぶらしいから気を落とさずに。」
男性が横に座る。
「いえ…。あまり興味がないので。」
そう返すと、男性がきょとんとする。
「珍しいね。松島の航空祭に女の子が来るってことは、ブルー目当てと思ってたよ。」
「ブルーインパルスって、そういう需要があったんだ…。知らなかったです。ところで、自衛隊関係者の方なんですか?こんなところに入れるなんて。」
そういうと、男性が思い出したように手を打つ。
「名乗っていないとただの怪しいおじさんになっちゃうね。」
そう言って、男性が懐から名刺を取り出す。
「私は”株式会社アンフライ”で代表を務める、図師と言います。」
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