第65話 2年目8月⑦
「なあ、弘。結局私は、テキサンを飛ばして何がしたいんだろうな。」
「そんなの、あんた以外に分かるわけないでしょうよ。」
天頂の月光が、四方を木々に囲まれたテキサンを照らす。時間も時間だったし、風花が一通り泣き切ったのを見計らって、今日は帰ることになった。
風花は付き物が取れたかのように、どこかすっきりしたような顔をしていた。ここ最近は険しい表情を見ることが多かっただけに、真っ直ぐテキサンを見つめる彼女の顔は、年相応の女性然としたものを感じさせた。
「そういや、僕があんたに無理やり入部させられた時、言ってたこと覚えていますか?」
「あー…確か『ちょっとでもテキサンに興味を持ったのなら、入部すると言ったようなもの』とかそんな感じだったか?」
「改めて聞くと無茶苦茶ですね…。でも、あの時の僕はテキサンに興味があるかとかどうか、自分でも分からなかったんですよ。というか、今でもテキサンが特別好きかと言われたら分からないです。」
そう言うと、風花はわずかに下を向いた。
「存続のプレゼンをした時もそんなこと言ってたな…。正直私からしたら、よっぽどお前の方が変な人間だ。
入部した時も、プレゼンの時も、今回の件も、普通、興味のない人間がすることじゃない。『興味がない』ってことは、なんにも行動を起こさない事だぞ?
でも、私には本当に興味がないように見えた。いや、正確にはお前の行動や成果は、必ずしも『テキサンだから』できたわけではないように見えた。
結局、弘、お前は何のために──何のために、ここまで私のために働いてくれるんだ?」
そういえば以前、プレゼンが終わった後も、似たようなことを風花に聞かれた。
確かに、入部したときやプレゼンの時は、自分でもなんでここまで、テキサンに関われるのかは分からなかった。だが、今は違う。時間が弘に解を提示してくれていた。
「今回、分かったような気がします。──もちろん、全ての理由にはならないですが、嘘偽りない一つの理由が分かりました。
──1つの夢が行き着く先が、見たかった。あなたなら、それが出来ると思ったから。」
風花は何も言わない。ただ、黙ってまっすぐに、テキサンを見据えている。
風花は思い出していた。沙羅と綾を迎え、新生飛行研を始めた日のことを。
「なんで、って、面白そうだし。風花みたいな、好き勝手なことできる人間とつるむのは私も楽しいからね。」
「風花ちゃんが面白いからね~。風花ちゃんが何かしようとするたびに私にとって面白いことが起きるから、飽きないね!」
去年の4月、プレハブの扉を遠慮なく開いて、入部届を差し出してきた三宅も、似たようなことを言っていた。
気付かなかった。いや、弘に指摘された通り、気付こうとしなかった。この夢は、既に風花のものではなかった。
風花が見せて、期待させて、巻き込んだみんなが風花の背中を叩く、そんな夢になっていた。
途端に、肩の荷が下りた気がした。
弘の言ったように、風花は何も見抜けていなかった。風花が見抜けるのは、他人の「好奇心」「興味」「熱意」。そんな眼は、少なくない人間が持っている。
ドロシー・ハーヴァードも、大和梓も持っていたし、松ヶ崎弘も手に入れていた。
「──弘、ひょっとして、私は驕っていた?」
「そりゃあもう驕りっぱなしでしたよ。でも、これからも驕っていてください。」
そう言って、松ヶ崎弘はとても嫌味らしい顔をする。性格の悪いことに、風花のよくする顔に似ていた。
風花は目を細め、無言で後頭部を叩く。
「痛!?今の痛いんですけど!?え、信じられない」
「生意気の一つ言う余裕があるなら、明日から計器パネルの作業全部お前に振るからな!電気科なのに私よりオシロスコープ使えないくせに。
8月もあと一週間しかねぇんだ。グダグダしてると9月の工程が押すぞ!」
風花は、初めて弘と出会ったときのような、とびきりの悪い顔をする。
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9月30日。レストア部は最低限予定していた修理工程を終了した。
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