第49話 1954年6月②

 キャンプ松島の1,500m滑走路は、戦前からあるモノとしては長い部類だった。


 海岸線に対して直角に延びているおかげで、航空学生にとっては自機の方角が分かりやすく、離着陸もやりやすかった。


 そういった実益面の利点は、鶉野修にとって関係はなかったが、太平洋の青々とした空は、真っ黄色の練習機によく似合っていたから、この基地を気に入っていた。


 日本海側だった地元の空は、夏であろうと関係なく淀んでいた。


 そんな空から、いつもの黄色が発するものとは違う反射光が目に刺さった。音も、聞きなれたものとは違う。


 だが、そんなことをいちいち気にしているのも修ぐらいのもので、同僚たちは気にすることなく仕事を続けている。


 銀色の双発機──米軍の輸送機が着陸してくる。在日米軍基地で、米軍の指導によってパイロットを養成する基地だ。珍しいことではなかった。


 駐機場に止まったそれに、米軍の整備士の他、制服を着た軍人も混ざっている。


 「おい、あれ、司令じゃねえか?」


 露骨に手を止めている修に気づいた班員が、答えを出してくれた。ギリアン・ハーヴァード教育隊司令。


戦後日本の防衛組織を組織するべく、その要員を養成する松島臨時派遣隊の親玉にして、アメリカ極東軍の将校。


パイロット候補生ほどではないが、整備士の卵である自分も話ぐらいはしたことがある。


輸送機の中からは、軍人の他、何人かの民間人も降りてきていた。基地勤務の米軍人の家族なのだろう。


特にそれ以上のものは拝めそうになかったので、大人しく仕事に戻ろうとしたその時、輸送機から最後の乗客──太平洋の日光を綺麗に散らすブロンドヘアーの少女が降りてきた。


彼女は旅の疲れを感じさせないように、軽やかにステップを降り立つ。


司令と目が合うと、嬉しそうに飛びかかる。普段は厳格で有名な司令が、それを受け入れているのを見て、修以外の整備士も、「おぉ」と何人かが驚いていた。


「Boys!」


格納庫に響き渡ったその声で、整備士全員が震え上がる。


「そんなに仕事好きなら、あれのマニュアルを読んでもいいんだぞ!」


片言ながら、アメリカ人にしては聞き取りやすい日本語で、整備士長が一括する。


ここにやってきて最初、整備士長は整備士候補生たちに、324ページもあるT-6のマニュアルをみっちりと読み込ませた。しかも当然のように日本語訳など無いので、英語をイチから学ばされた連中も多い。


親のおかげで英語に多少馴染みのあった修でもきつかった。しかも整備士長は冗談を言わないので、本当にあの輸送機も整備させられることになる。


全員がいそいそと仕事に戻っていく。そのあと、あの少女と司令がどうしたかまでは見ていなかった。



──────────────────────────────────────



何日か経った日の夕方、普段通り仕事が終わった後、夕食までの自由時間のことだった。


いつも通り、格納庫の傍に整備士連中で作った喫煙所で一服していた。風呂の時間まで暇ができた時は、隊舎ではなくわざわざここまで来て吸っている。寝ても覚めても男衆の中にいるものだから、煙草を吸っているときぐらいは一人になりたかったし、修に限らず、全員がそんな時間を作っていた。


今日は担当の083号機が、地上走行中に間違えて未舗装の誘導路脇に突っ込んでしまったせいで作業が増え、余計に忙しかった。


ため息が勿体なく思い、2本目に火をつけようかと考えていると、格納庫から物音がする。


何かを蹴ったりするだけで音が響いてしまう、メガホンのような建物だ。こんな時間に格納庫を訪れるような人物を、修は自分以外に知らない。


2本目を箱にしまい、音の主に気づかれないように近づく。まさか不審者とは思えないので、忍ぶ必要はないのだが。


西向きの格納庫には斜陽が直接入り込んでくる。格納庫内には16機のT-6が並んでいて、それぞれが自慢のプロペラを太陽に掲げているようだった。


音の主は、修の担当である083号機の前に立っていた。ブロンドヘアーの少女。


予想外の来客に、修は思わず立ち止まった。


太陽を背にして伸びた修の影に気づいた少女が振り返る。修と目が合うと、夕陽のまぶしさにわずかに目を細めて、小さく笑った。


「私はドロシー。ドロシー・ハーヴァード。あなたは?」

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