第47話 2年目8月③

 「久しぶりだね。松ヶ崎くんであってたかな?風花は元気してる?」


 「相変わらずですね…。」


 相変わらず、この矢田神主もおしゃべりな人だった。年末のOB会顔合わせ以来だったが、顔も名前も覚えてくれていた。


 弘を社務所にあげるときも、客間に通す時も、お茶を出してくれる時もずっと喋っている。物腰柔らかで落ち着いた雰囲気の人なので、全くくどくはないのだが。


 「そうか、風花はまた留年したのか…。次来た時に一言言っておきたいけど、あの子は露骨に避けてるからねえ…。松ヶ崎くんが言付けてくれると助かるよ。」


 「だいぶコッテリ絞られたので大丈夫だと思います…。というかずっと気になってたんですけど、矢田さんと部長はどういう関係なんですか?」


 「ん?風花は姪だよ。」


 衝撃の事実だった。しかし距離感を考えると親族が自然ではあった。


 「風花は親の反対を押し切って高専に行ったからね。実家が遠いから、寮暮らしとか電車通学をさせたくなかったんだろう。私が近くにいるから、渋々OKしてたよ。そしてなにより、特殊な学校じゃなくて普通の高校に行ってほしかったんじゃないかな?」


 「…高専生あるあるですね。」


 「っと、そんな話しに来たわけではないよね。すまないね。それで今日はどんな要件かな?」


 弘にも刺さる話でちょっと心が痛くなったところを見かねて、本題を促してくれた。


 「少し長くなりますが」


 そう前置きして、弘はこれまでの経緯──風花のセンシティブな部分を除いて、彼女の話、レストアの現状の話、そして謎の欧米系少女の話をした。そして


 「彼女から、『オサム』なる人物の話を、矢田さんから聞くようにと言われました。」


 そこまで話して、矢田の顔がかなり真剣になっていた。正確には、謎の女の子の話あたりからだったが。


 矢田はしばらく腕組みして唸った後、「少し待っててね」と言って、社務所の奥に入っていった。しばらくした後、何かを手に持って帰ってきた。


 重そうに両手で抱える木箱と、その上に乗せられた古いアルバム。


 それらすべてを、古い漆塗のテーブルに広げた後、弘の正面に木箱を置いた。


 矢田が蓋を丁寧に開くと、中からは古い新聞紙の塊が収まっている。わずかに機械油の嗅ぎなれた匂いが混ざっていることに気づく。古い新聞紙をめくっていく。中身は油紙に包まれた金属塊だった。


 「松ヶ崎くん。僕は飛行機に詳しくないけど、君たちが必要としているプロペラ基部って、これのことかな。」


 厳重に包まれたベールの最後の一枚がめくられる。蛍光灯の光に反射して、錆の無い綺麗な金属の表面が顕わになる。


 何度も図面で見た。


 上面に大きく、「52-0083」の文字が黒のインクで書かれている。高専のテキサンの機体番号だ。


 「…間違いなく、僕たちのテキサンの、プロペラ基部だと思います。」


 でも、どうして?


 困惑する弘を見て、矢田がアルバムから一枚の写真を取り出す。


 「そして松ヶ崎くんが見た女の子は、この子で間違いないかな。」


 そういって古い写真が差し出される。テキサンらしきプロペラ機の周りに、背の高い男性が一人と背の低い男が一人。背の高い男性は、軍服のようなものをパリッと着込んでいる。よく見たら欧米系の外国人のようだった。


 背の低い男性はおそらく日本人で、作業着姿だった。その2人の男の間に、これまた欧米系の少女が、カメラ目線で立っている。


 カメラの方をじっと見つめるその目を、弘はよく知っていた。


 「…この子で間違いありません。」


 何が何だか分からなかった。この子は既に2度、弘の前に姿を現している。幽霊?しかし彼女が実体の無いものとは到底思えない。


 弘の感覚では確かにそこに実在していた。


 「大丈夫かい?」


 弘の狼狽具合を見かねて、矢田が手拭いを差し出してくれる。流石に申し訳ないので断って、代わりにお茶を一気に飲み干した。


 「これは、いったいどういう」


 少し落ち着いたところで、当然の疑問を口にする。


 矢田は一度目を伏せてから、再度真正面から弘と向き合った。


「この写真に写っている日本人の男性──彼がその子の言う『オサム』、鶉野修うずらのおさむさん。そしてこの女の子は、ドロシー・ハーヴァードさん。隣の人はドロシーさんの父のギリアン・ハーヴァードさん、と聞いている。

  このプロペラ基部とアルバムは、鶉野修さんが当社に預けたものです。そしてこれから話すことは、鶉野修さんから代々、当社の神主に受け継がれてきた話です。」


 「修さんの、話──。」


 「この話と部品は、いつかあの飛行機を直そうとする人たちが、自分の話を聞きに来たときに託してほしいと頼まれていた。

 …たぶん、その時が来たんでしょう。少し長くなるけど、時間大丈夫かな。」


 ここまで来て、聞かないわけにはいかなかった。そして何より、あの女の子のことを知るべきだと思った。

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