第26話 2年目1月②

──日曜日 残り8日──



「で、テキサンの翼根部より翼端部の迎え角が0.5°大きくて間違いないんですね?」


「そうそう、なあもう寝ていいか…」


夜の23時、風花はレストア部のボイスチャットにて弘の質問攻めとなっていた。


「まだ0時になってないのに寝れると思ってるんですか?」


「そうそう、私だって働いてんのにさ」


蚊帳の外で2人の問答を聞いていた沙羅も逃げ道をふさぐ。沙羅は風花に指示されていた仕事もそこそこに、半分自分の趣味であるハッキングを学校のシステムに仕掛け、工作を行っていた。もとより彼女は風花に放任されている節があり、簡単に方針を説明されたらあとは自由にやっている。ある意味では信頼されていると言えるが、そもそも、沙羅のサイバースキルを理解できる人間が拓斗以外にレストア部におらず、その拓斗も半分幽霊なため、実際のところ彼女の功績を正確に知る人間はあまりいなかった。

ちなみに風花曰く、「我々にチームプレーはない。あるとすれば、スタンドプレーから生じるチームワークだ」らしい。


「そういう沙羅はなにをやってんのさ~」


風花も一応聞くだけは聞くらしい。


「私のパソコンからレストア部のPCにリモート接続して操作してる。レストア部PCは高専の学内LANに接続されていて、関西の国立大学法人共有データセンタ経由でインターネット接続されている。それはまあいいとして、高専の同じLANに接続されている教務のPCから面談に参加する予定の先生に送られるメッセージを、レストア部に有利に働きかけてくれそうな先生に転送するよう細工した。どうせ教務のことだから私たちのことが嫌いな先生ばっかり引き連れてきそうだしさ。仕組みとしては『テキサンぱとろ~る君ver1.0』の応用だよね。あれはホームページのサーバーに常駐させてて、テキサン関係の更新を検出するとLANに接続されているレストア部PCに通知を飛ばす仕組みだったけど、メールサーバーに常駐させて検出の後にアドレスと個人名書き換えを行わせるだけで、本来送られるはずのメッセージを他の先生に送ることができる。」


「なるほどわからん。3行で説明しろ」


「面談に来る先生を 私たちにやさしい人にするために はっきんぐした」


「流石沙羅だ。信頼できる」


内容をほとんど理解していないであろう風花が、マイク越しに大きく頷いているのは容易に予想できた。


「それはそれとして次の質問行きますよ」


「やだ寝る~!」


──火曜日 残り6日──


「なんか…目つきが変わったね…。」


朝、高専の最寄り駅で偶然出会った弘を見て、優が発した言葉はあいさつではなかった。昨日、弓道部の練習が終わるとそのままレストア部へ直行していった時よりも、明らかに据わった眼をしている。それも今日が特別というわけではなく、ここ数日、毎日彼の顔色が変わっていく。どちらかと言えば悪い方に。

二週間たつ頃には、戦場から帰還した兵士の顔をしているのではないだろうか。と冗談で美紀にボケて見せたこともあったが、これはあながち冗談でもない。疲れを感じさせるのはもちろんだが、これぐらいのハードワークは、ちょっとキツいときの定期テスト並とは弘本人の談だ。


「じゃあなんでそんな顔つきになって来てるのさ」


「うーん、俺にも分からない。ただ…」


「ただ?」


「義務感というか、勉強じゃなくて『仕事をしている』感じというか、言葉では言いにくいけど、とにかく作業を進めるごとに精神力と時間が溶けていく感覚がある」


「ああ…。」


優は頷くしかなかった。


──土曜日 残り2日──


「いい弘くん、プレゼンの本質は如何に相手を盲目にさせるか、だよ?」


この日は、弘が弓道部を終わらせた午後から、綾によるプレゼン講座が始まっていた。「人間観察が趣味」と自分から言ってしまうだけのことはあり、人心掌握術等にも精通している彼女は適任だった。というか、本来は弘ではなくこういったことが得意な綾がプレゼンをするべきではある。弘も「計画書だけでなくプレゼンまでやるんですか!?」と初めは反論したものの、「私も含めて3年女子は総じて学校からの印象がよくないから1年生に任せるしかないじゃん」と風花に言われてしまっては、納得はできなくとも首を横に振るわけにもいかなかった。

「文句ありげな顔しないの~。こうやってプレゼンのやり方についてイチから手取り足取り教えてるんだし、パワポも私が作ったんだからね~?」


「しれっと感情読まないでください…。部長の真似ですか?」


「いやぁ、風花にはまだまだ敵わないな~」と言いながらも、彼女は話を続ける。

彼女──強羅綾は、校内ではよく目立つ。単純にとても”かわいい”からだ。おそらく普通の高校、あるいは大学でも、かなり上位に食い込むであろうその容姿は、9割は男所帯である高専において、特に威力を発揮する。弘も入学直後、「3年生にめちゃくちゃかわいい女の先輩がいるらしい」という噂を聞いたぐらいだ。まさかそのときは綾のことだとは思いもしなかったが。

だが、ある程度時間が経って、高専における上下関係のコネクションを得た時、彼女は別の意味で有名であることを知ることができる。──即ち、水瀬風花に並ぶ変人として。

基本的に感情の起伏が小さく、ニコニコしていて人当たりもいいが、“人間”に関する好奇心が非常に高い。「痴情のもつれ等があるとワクワクしながら踏み込んでくる」だとか、「喧嘩の情報を聞きつけると間を取り持つでもなく質問攻めにする」だとか、そういった類の話で溢れている。

弘がレストア部に入部してからというもの、平日に部室に行ったら大抵居るが、趣味の法務の勉強をしていたり、裁判の判例集を読んではニヤニヤしていることが多く、あながち噂話でもないことを思い知った。

そもそも、一切興味のなさそうな飛行研に入会した理由が「私と話すときは優しい教授陣が風花と話すときはイライラしているのを見て面白かったから。」である時点で、じゅうぶん水瀬風花の左手と呼んでいいほどの変人であることは間違いない。ちなみに右手は沙羅だ。


「…聞いてる?」


「…ごめんなさい。」

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