2年目1月 夢と向き合う彼の反抗

第25話 2年目1月①

 修理計画書。


 字面通り、何かを修理するときに、計画を立てるためのもの。


 弘達レストア部の場合、テキサンを修理し、再び飛行できる状態に戻すための、具体的な手法、必要な経費、スケジュール等をまとめたものと言っていい。


 ただし、彼らの取り扱う機械は航空機だ。執筆者に求められる専門知識の質、量は、旧車や蒸気機関車などに代表される鉄道車両のそれと異なる。


 その上、彼らは学生であり、工学の初学者といってよい。


 幸いにしろ、旧飛行機研究会時代の先人が残した資料や、受け継がれてきた機体状態記録、古い時代に行われた小規模の修理の記録の他、水瀬風花ら飛行研最末期メンバーの作成したチャレンジプロジェクト応募用の修理計画案など、修理計画書を作成するにあたり必要な情報は揃っていた。


 つまるところ、書ける。松ヶ崎弘のような工学学習者1年目でも、風花と一緒ならば──あるいは、風花の小間使い程度なら、十分にこなせるだろう。


 「学校との面談がある二週間後までに、一年以内でテキサンを完全に修復するスケジュールを立てる!それが私とお前の仕事だ!気張るぞ二週間!」


 そう、こんな無茶な要件と、締め切りがなければ、実際現実的なのだ──。


 「ちなみに作成は主に弘が行う!私は基本的にバックアップ。発表も弘にやってもらうからそこんトコロよろしくぅ!」



 そう、こんな無茶な要件と締め切りと横暴な部長と溜まるタスクと授業と弓道部が無ければ実際現実的


「できるかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」


人生最大の声量が出た。



───────────────



「…というわけで、航空力学の本を授業中に読んでいて怒られた、と」


「そうでもしないと知識の習得が間に合わないんだよ…」


休み明け最初の平日、その金曜日。気だるげな教室のムードも、この頃は暖房の作るぬるい空気に霧散し、次の休日を待望する空気感に支配されている。そんな待ち望まれた休日も、面談まで残り10日を数える弘にとっては意識するだけ虚しいものであった。


思えば、弓道部の二人──日置優と小笠原美紀、この3人で昼飯を食べるのも久しぶりな気がする。


「その話で思い出したんだけど、エビフライって絶対に庶民の食べ物じゃないよな」


何故か三宅拓斗もいるのはこの際置いておく。そして何言っているのかわからないこともこの際置いておく。


「それはそれとして、残り3日である程度の知識をつけて、そのあとの一週間で計画書を書くんだっけ?できるの?」


純粋な疑問を優が投げかける。今日は完全に弘を励ます会みたいな空気なので、わかり切った質問でも投げかけるしかない。


「できるわけがない」


わかり切った答えが返ってきた。


「まず航空機を構成する要素の大半は機械工学、さらに言えば流体力学あたりがメインになる。だけど俺らは電気工学科だからまず学習しない。そもそも学習する機械工学科にしても、3年生からの範囲だから、一週間で完全に理解できるわけがない。そりゃ3年生で20歳で飛行機好きの横暴部長なら理解しているだろうし、実際わかんないところ聞いたらめちゃくちゃ分かりやすく教えてはくれるんだけど、無理があることこの上ない。」


「よしんば知識を得れたとしても、テキサンの状態を完全に理解したうえで必要な修理を選定し手順を作成し部品を調達し云々をスケジュールしなきゃならない。もしそれができたら俺は飛行機オタクでも相当マニアックな部類になる。そもそも俺に実務経験がないから、どれだけ本気で作っても現実離れした計画書が出来上がる未来しかない。」


一息で弘が言い切る。そのまま体に燃料を補充するがごとく、口に弁当のおかずを運んでいる。


その場にいた弘以外の全員が思う。


「「「そこまでわかっていながら、引き受けることには引き受けるんだ…。」」」


誰も口にすることは無かった。

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