第22話 1年目12月⑬

 突風が、実験自然林の木々を揺らす。林の中では、風が吹いてくる前に遠くで葉を揺らす音がするものだから、弘は数秒後に自分に吹き付けてくる暴力的に冷たい風を警戒し、身をすくめる。冷たいどころかもはや痛い風は、容赦なく弘の耳を痛みつける。それに耐えているうちに次の風の音がして───そんなことを繰り返しつつ、弘は裏門へ向かっていた。


 昨日の顔合わせは(おそらく)うまくいき、綾による怒涛の交渉により、詳細事項も無事決定した。というか、OB会側は全面的にレストア部の要求を受け入れたので、合同プロジェクトのつもりが、完全にレストア部主役の力関係になってしまったという。


 「OB会にも面子があるから、多少は断ってくるだろうと想定して、ちょっと過剰に要求したはずなんだけどな~?」


という、綾の書き込みが添えてあった。


 沙羅に至っては、警戒すらしていた。拓斗は無反応。しかし風花のみ、「あの人らは昨日私が口説いてそりゃもうゾッコンだから金づるのつもりでいこうぜ」という、強気なのか無礼な姿勢でいる。


 かくいう弘は、風花の言っていることはあながち間違っていないと思っていた。根拠もある。だが、どうしても言語化できない。そのモヤモヤを抱えているうちに、今年度最後の弓道部活動である今日も、昼休憩中に適当な理由で抜け出して、テキサンの横で弁当を食べようと歩いていた。


 弓道部では、その年の最後の活動日に”射納めいおさめ”として、正式な作法に則り正射をする。これがまあ長く、一回で10分は軽く超える。これを全部員でやるのだから、長丁場となるのだ。弘は1年生なので午前中に終わったので、残りは暇な時間となる。そのため、日置優ひおきゆう小笠原美紀おがさわらみきも特に文句なく解放してくれた。むしろ少しニヤニヤしていたが、その意味は弘の知るところではなかった。


 ジュラルミン合板で出来た、金属の塊───といっても、そのサイズに対して密度は著しく低い航空機、T-6Gテキサンは、50年前から今日も変わらず、裏門横の小さなスペースに鎮座していた。


 強度のある金属の塊であっても、時間には抗えない。風化の力は凄まじく、この”飛行機の形をした鉄塊”は、このままでは忘れ去られ、自然に還り、これまでの50年の記憶もろとも無くなってしまうだろう。

 ──まあ、こっちのも強力だけど。


 自分で思っておきながら、弘のツボを抑えた上手い洒落を考え付いてしまったせいで、口に含んだ冷や飯を吹きかけた。というかむせた。慌てて咳き込み、ひと段落したところでお茶を流し込む。


 「…あなた、誰?」


 お茶も吹いた。(風花を)気味悪がって近づかれないテキサンに人がいるとは思っていなかったし、なんなら知らない声だったので、二重の意味で大変驚いた。口に何かを含むたびに吹いているので、立派な不審者だ。


 「…大丈夫?」


 「あ、や、大丈夫ですすいません変なところ見せてしまって」


 案の定心配されてしまった。この瞬間、声の主にとっては怪しい人として認定されたようなものだ。慌てた返答をしたせいで、怪しさを上塗りしていく。虚空に向かってペコペコ頭を下げるのも怪しいので、口を拭いながら、声の主を見る。


 そこに立っていたのは、10歳ほどの少女。しかも、金髪ショート碧眼。どう考えても


 「…どちら様?」



──────────────────────────────────────忘れたころに更新される小説第一位。

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