第21話 1年目12月⑫
「OB会代表の
「OB会テキサンプロジェクト代表の
そう名乗ったOB会代表の2人の男性は、弘と風花の前に座る。
おかげさまで、つけ焼き刃ながらもそれっぽい社交辞令はできたと思う。差し出された名刺をたどたどしく両手で受け取る。こちらは当然学生なので、交換する名刺を持ち合わせていない。そのことを断り、名刺をしまおうとして──
「・・・社長!?」
思わずつぶやいてしまった。それもそのはず。名刺に書かれていたOB会会長、荒島学の肩書には「ARASHIMA METAL(株) 社長」と書かれている。
ARASHIMA METALこと荒島金属工業は、県下で最も大きな企業で、毎年
畿内高専の所在している
といっても、弘は隣県から通っているので、実際のところどれだけすごいのかは知らない。それでも街中でしょっちゅう見かける看板の企業の社長が、壇上ではなく、客間の机を挟んだ目の前にいる。たかだか16歳の弘には、これだけで強烈な体験となった。
「肩書ばかり立派だから、こんな役職をさせられる。」
フリーズしていた弘を見て、荒島会長は苦笑いをする。
「あれ、柚木さんは防需の人っすか。」
へー。と言いながら、風花は柚木さんと談笑している。流石風花と言うべきか、距離を詰めるのが早い。
一通り談笑したところで、本題に入った。OB会とレストア部は、お互いにどういう経緯でレストアを企画したのか、そしていつすれ違いが発生したのかを明らかにしていった。
来年度に創立50周年を迎えるOB会は、記念企画としてテキサン修復計画を今年4月に企画し、実質的な所有者である畿内高専に8月に提案。9月に許可が下り、来年度の1年間にかけてプロジェクトを進めるべく、今日まで下準備を進めていたらしい。
風花と弘は、柚木プロジェクトリーダーから貰った企画パンフを見ながら話を聞いていた。風花は頭を使っているのか、額に手を当て難しい顔をしている。弘は、受けた説明とパンフの一節に引っかかっていた。
「実質的な所有者・・・ってどういうことですか。」
「あぁ、テキサンは教材として学校が管理していますが、本来の所有者は自衛隊なんですよ。自衛隊から民間に流れた保存機は”管理替え”という名目となってます。本来ならばオンボロのスクラップになっていても、破棄せずに自衛隊に返還しなければならないのですが、近年はちょっとややこしい問題になってきてまして──。おっと脱線だったかな。」
柚木さんが丁寧に教えてくださった。お礼を言おうとしたが、難しい顔をしていた風花が、顔を上げずに割り込んでくる。
「テキサンの所有者は、レストア部になっていたはずです。所有が厳密な意味で管理者であったとしても、私たちを通さずに話がついているというのは、正直納得しかねません。」
「──。」
「おい、弘お前、なんだその顔は。私がそんなマジメなことを言うとは思わなかったみたいな顔してるが。」
顔もそうだが、正直に、そんなマジメなことを言うとは思っていなかった。と口に出してもよかったのだが、壮年を過ぎたぐらいの大人たちがいる前でコントを始めるわけにもいかないので飲み込んだ。
「そこなんだよ。」
しかし、荒島会長が思ったより深刻そうな顔で机に肘をついたので、幸いにして緩い空気になることは無かった。そんな弘の心配もよそに、会長は話を続ける。
「まず理由の一つとして、私たちは君たちに詫びなければならないことがある。君らの活動実態が表に上がってこないとはいえ、君らの存在を失念して話を進めてしまった。本当に申し訳ない。」
そうして、大の大人2人が深々と頭を下げる。「頭を上げてください」と慌てふためく弘の横で、風花が「まぁ活動内容は将棋と囲碁と麻雀だもんな…」なんてつぶやくものだから、肘できつめに小突いた。
「そしてこれが一番大きいというか、根強い問題なんだが、高専は”腐っている”。」
荒島会長の言葉で、一瞬周囲は静まる。柚木リーダーは目を伏せ、矢田神主はどこか悲しそうな目で、そして風花は睨みつけるような目で荒島会長を見ている。風花の目線に気づいた会長は、ゆっくりとその目を見据えて言葉を続ける。
「OB会の権力というのは、実際影響が大きい。そのために私なんかが会長を務めることになるぐらいだ。力を持つこと、持たざるを得ない状況と言うのは、一概に良いと言えることではない。それでも私たちは学校に世話になった身として、学校と学生に還元することを目的とする。今回の企画もそのためだ。しかし彼らが──学校が、私たちの顔色を伺うようなことがあっては、ならない。学生のためにあるはずのOB会が、学校が、学生を困らせるようなことがあってはならない。」
「あなた達が正しく権力を使えているかどうかを問うことは、私はするつもりはありません。だって知らんし。」
話を続けるにつれて、沈痛な面持ちとなる荒島会長に面と向かって、風花はバッサリと切り捨てた。
「そこで一つ提案があります。私たちと一緒に、この学校をぶっ飛ばしませんか?」
会長がはっと顔を上げる。弘も風花を見る。そこにあるのは不敵な笑み。まるで人間のすべてを見抜いたかのような、むしろみられている人にもわからない、人の心のその先までを見据えているかのような目が。
「荒島さん。彼女は高専生ですよ。」
「柚木さん、私はもうダメ見たいです。あの頃には戻れない。──どうか頼みます。」
「いやぁ、荒島さんの思っているほど大層な娘じゃないですよ。」
それまでずっと黙って話を聞いていた矢田神主が口を開いた。
「あんたは黙ってろ!」
風花のいつもの調子が戻ったことで、場の空気は無事に和んだ。
こうしてレストア部は、畿内高専OB会50周年プロジェクトと正式に合流した。OB会側プロジェクトの代表である柚木さんが、この後予定があるという事でその場は解散となり、弘と風花もその日は退散することとなった。風花は鳥居を抜けるまで、手を振る矢田神主相手にずっと唸っていた。犬か。
その後、レストア部のslack(LINEは業務効率が悪いから、という理由で、沙羅が無理やり導入させた)にて風花が「作戦成功!」と文面からわかるレベルではしゃいでいたが、綾特製カンペシートに記載されていた、詳細を詰める必要のある事柄の話し合いをすることを二人とも忘れていたことについて、綾から長文でお叱りを受けたことは余談となる。
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