第6話 1年目11月⑤

「おーーっすぅ松尾いるー?」


 「ゲェッ水瀬!何用だお前!」


 「ゲェッって何さゲェッて」


 弓道部部長、松尾は、一度も弓道場に来たこともなく、ましてや用もないはずの風花が、


 「離してーっ!離してくださーい!あっ部長助けて!」


 部員の松ヶ崎弘の首根っこを持ち引きずって現れたその状況を、


 「…えっ?」


 全く理解できなかった。


 「今日部活あるらしいけどさー、こいつ借りてくわー」


 「…えっ?」


 「それとこいつ、私らんとこ入ったからこれからもたまに拉致ってくな、ごめんご!」


 「…えっ?」


 「…えっ?じゃなくて助けて下さい部長おおおおお!」


 そうして、訳の分からないまま、部員が歩く暴力装置に引っ張られていくのを見守ることしかできなかった。


 飛行研が無くなった。


 風花から訳を問いただそうとするうちに、なんだかそのまま部室に引っ張られそうな流れになり瞬間的に「これは罠だ」と直感、風花が背を向けたところで弓道場へ静かに走り出そうとしたその一瞬を逃さず首根っこを掴まれた弘は、抵抗虚しく欠席の運びとなってしまった。


 「いだいいだいいだい自分で歩きますって部室に行きますって行けばいいんでしょう!」


 弓道場からさらに引きずられ、流石に諦めがついた。


 「やーんやっと素直になったね~あんなに振られると、流石におねぇさん傷ついちゃう所だったよぉ…おい待てなんだそのわざとらしい嗚咽は。」


 弘には相変わらず、風花がどんな人間なのかが分からなかった。


 今のような気持ち悪いほどのふざけ方や昨日の印象からも、がさつなイメージしかない。


 しかし、この人は”弘を見た”。


 弘の知らない、弘を知っているかのような言葉で、たった一言で弘の度肝を抜いた。そのギャップと、自分の奥底を見透かしたようなあの目が脳に強烈に残り、消えない。


 「…私達、飛行研がどんな同好会かは昨日話したっけ。」


 そしていつのまにか、彼女はその目をしていた。


 「私達はあの飛行機、T-6Gテキサンの研究や保全を行っている同好会だ。この同好会は学校創立以来約50年、テキサンを守ってきた。」


 どこか懐かしむような、遠い目で


 「でもさ、いくら延命を施したところで、飛ばない飛行機なんて意味ないと思わない?」


 空を見ていた。


 「…まさか」


 昨日の彼女の目と言葉は弘には理解できないものだったが、今この瞬間のそれは、弘にも理解できる。


 「松ヶ崎弘君の参加によって部の昇格に必要な5人を満たした。私達は飛行機研究会改め、”レストア部”だ。」


 空の、更に高いところまで見透かしているようなその目が弘に向けられ、


 「─私達は三年以内にテキサンを完全に修復し、空へ戻す!」


 水瀬風花の目は、ニヤリと笑っていた。


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