第7話 1年目11月⑥
三年以内にテキサンを飛ばす。
「それ、出来るんですか」
「あら、弘さんは私の世迷い言とお思い?それはずいぶんと見当違いでしてよ」
「誰の真似ですかそれ」
オホホホホと頬に手の甲をつけ、指をピンとたてて風花は笑う。
「三年なんていう具体的数値がどうでてきたのか、そもそもテキサンを修理できるだけの技術があるのか、資金があるのかとかとか、頭が固そうな弘はその辺気にしてるんでございましょ。ああ言わんでもいいぜ、顔に書いてある」
「その通りですけどだから誰の真似だよ!」
ツッコミが先行してしまい、肝心の話が全然進まない。しかし風花も本題へ戻したいらしく、
「その全ての答えはここにある!さあ入りたまへ」
と言いつつやたら大振りな仕草で部室を指差した。
「…。」
何が何でも部室に引っ張っていきたいようにしか見えない。別に部室に入ることは弘にはなんの問題もない。弓道部はどこかのガサツさんのせいで欠席が確定している。ここで無理やり拒絶しても家に帰るぐらいしかやることがないのだ。
しかし、こうも風花の思い通りに引っ張られては癪にさわる。今も部室の引き戸からにやにやしながら半身だけ乗り出しちょいちょい手招きしているが、風花が完全に弘を掌握している上でふざける余裕があるようなところが気に食わなかった。
しかしここで抵抗し、余計な問答を繰り返しでもすれば弘は自分の身が持たないと察し、
「はぁ…」
大きなため息をつきながらプレハブの引き戸に手をかけた。
昨夜は色々あったせいか、部室の中をよく見れてなかったと切実に思う。
その様子、いや有り様は、弘が定義している“部室”という概念を粉々に砕き割った。
六畳ほどのプレハブ小屋、中央に脚が折りたたみ出来るお馴染みの長机が二台と、六席のパイプ椅子。
そして入り口から一番遠い右奥の角に、天井まで届きそうな巨大な機械。それを囲むような間仕切りと、わずかに開いた隙間から見えるパソコンが一台。
左奥の角にはロッカー3つ、シールの剥がされた痕から、かなり使い込まれているように思わせる。
そして手前側の右角にはかなり乱雑に電気ケトルなり冷蔵庫なりが置かれている流し台。ゴミ箱からはカップ麵の器がはみ出ている。
それ以外の全ての場所は、よくわからない機械類が詰め込まれたダンボール箱、箱、箱──
これ以上長々と部屋を分析する必要はない。この部屋を表すのは言葉一つで足りる。ようするに、
「ゴミ屋敷…?」
「昨日入っただろ、何を今更。」
そう言って風花は、地面に散乱しているがらくたを器用にかわしながらロッカー横の古い資料棚に到着する。
何冊かの本であったり、ファイルであったりが真ん中の長机に放り投げられる。明らかに古い書類もあるのに放り投げるな、と言いたいところであったが、疲れるだけなので我慢した。弘もかろうじて見える地面を踏みながら長机に近づく。
「まあ、分かりやすい資料はざっとこんなところだ。これは昭和40年代の学生会報。塗装の塗り直ししたときの報告が載ってるな。これはカナダの航空博物館が発行した解説書だ。」
まさしく選り取り見取りだった。英語で書かれた本から、古い本のコピーまで。明らかにネットで入手できる情報量を超えていた。試しに一束、左上をホッチキスで止めてあるだけの古い紙の束を手に取る。
「えーと、“HANDBOOK ERECTION AND MAINTENANCE”・・・。」
「あ、それ、メーカーのメンテナンスマニュアル~。」
「・・・いやそれ、普通に言ってますけど簡単に手に入るモノなんですか?」
「“結構前の代の学生が本国からウン万かけて取り寄せた説”と“自衛隊から譲り受けた際についでに貰った説”のどっちを信じる?」
「・・・実は貴重な資料いっぱいある感じですかここ。」
「そこに置いてあるなんか黄ばんだ本、オークションで10万とかしてたから貴重品いっぱいあるのかもな~。そもそもこの棚、全部テキサンの資料なんだけど、全部読んだことないからわからんわ。」
宝の持ち腐れとはまさにこのことである。弘には、書類棚にすし詰め状態となっているバインダーの背表紙に並ぶタイトルを見るだけで、内容に興味がそそられるほどだというのに。
「・・・。」
書類棚と机上の資料を行き来していた弘の目が、ふいに自分を真剣な顔で見つめる風花を捉えた。
「ふぉっ!?」
間抜けな声が出た。人間誰しも、自分の認識外から視線を感じ、その正体に気づいた瞬間というのは怖いものだ。ホラー映画などでも、視線を感じ振りむいた先に奴がいるなんてシチュエーションは定番だろう。しかし、この状況における風花は、弘に間抜けな声を出させるには十分な要素を持っていた。
怖い。改めて風花が怖い。とにかく眼力が強いのだ。見られていることに気づいただけで、固まってしまうほどの眼力だった。しかしそれと同時に、昨日から今にかけて、変顔かへらへら笑った顔しか見たことが無いので気付かなかったが、改めて風花の顔を見ると、かなりの美形だとも思えた。目は怖いのだが、目鼻立ちが相当整っている。その目も、なんだかやたら眼力が強いだけで、普通にしている分には却ってその顔を引き立ててくれるであろうほどには、きれいな形をしていた。
などとお互い見つめ合っている時間がどれほど過ぎただろうか。流石にそろそろ身が持たなくなってきたので、
「・・・なんすか、怖いんですけど。」
多少裏返りかけた声を何とか押し戻して、問を投げかけてみる。
「いや・・・お前ってやっぱりさ」
「・・・やっぱり?」
「・・・どういう状況だったわけ、今の。」
答えが返ってくるよりも早く、第三の声が玄関先から聞こえてきた。童顔かつ、若干幼さが混じった声。それに今気づいたが、子供かと見まごうほどの低身長。その着崩れた制服と寝ぼけた表情は、有明沙羅だ。
「沙羅!?沙羅じゃないか!?なぜ学校にいる!?」
「いや、学生だからフツー学校来るでしょ!?」
遮られた答えも気になったが、それよりも風花の返答の方に突っ込まざるを得なかった。顔が本気で驚いていたからである。
「自分でも不思議だわ」
沙羅も沙羅で、何かすごいことでも成したかのような清々しいドヤ顔を決めつつ、親指を立てていた。これは突っ込んだほうがいいのか。というかこの会話についていけない自分がおかしいのか。
「沙羅は2日連続で学校に来た日が数えるほどしか無い、超ド級引きこもり体質なんだよ、言ってなかった?」
「そんなこと聞いたことないしそんな学生聞いたこともねぇ!」
部室に引っ張ってこられてから今まで、ものの5分。入学して以来、有意義な放課後を求めてはいたものの、ここまで濃いのも考え物だった。
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