第3話 1年目11月②

 「えーと、復唱します」

 「うむ」


 「えーと、道に設置されていた休憩所の看板と飛行機のよこにあったハンモックは、あなた達が新入部員を釣るために用意した罠」


 「あっとる」


 「そしてまんまと釣られた僕」


 「あってるね」


 「まさか釣れるとは思ってなかったし、しかもよく寝ているのでとりあえず部室に連れ込んだ」

 

「その通り」


 「はぁ…」


 いったん落ち着いてから、渡された情報をもう一度脳内で復唱する。


 「あなた達も俺もバカだ…」


 ははははと笑いが起こる。といっても風花のみが大きく笑っているだけで、沙羅はため息をつき、綾はニコニコ笑っているのみだ。


 曰く、ここは“飛行機研究会”という同好会の部室であるらしい。例の飛行機と道を挟んで建っていたプレハブを部室としており、学校のHP以外には存在を公開しておらず、ここで例の飛行機や模型飛行機を研究しているという。


 そんな彼女たちが、何故こんな回りくどい方法で会員を集めようとしていたかと言うと


 「基本的に私たちは素行不良学生だからね、そもそもの活動に制限がかかってるし目立ったことすると目を付けられる」


 会長の水瀬風花がヘラヘラと何のためらいもなく打ち明ける。「だからとりあえずこっちに引き寄せて、自主的に入会してもらったってことにする必要がある」とも話した。本当に会員を集める気があるのか不安になる。


 「今更だけど自己紹介だな!私は飛行研会長の3年機械工学科の水瀬風花みなせふうか、でこっちのちっこ幼いのが3年機械工学科の有明沙羅ありあけさら。会計。」


 「ちっこいも幼いも余計だ。よろしく。」


 「そしてこっちのちょっとヤバいのが3年機械工学科の強羅綾ごうらあや


 「風花にだけはヤバいって言われたくないな~あ、一応マネだよよろしく」


 「はあ、よろしくお願いいたします…」


 3年機械工学科しかいないのはどういう所以なのか、そもそも女子しかいないのはなぜなのか、そして弘が入会する流れになっている気がするのが不安だが、とりあえず挨拶から引き続きひとつづつ疑問を解決していくことにする。


 おそらくだが、この人たちのペースに巻き込まれたら負けだからだ。


 「とりあえず、会員は何人いるんですか?」


 「今は4人だな~。ここの3M(Mechanic=機械工学科)3人と、1年一人だ。知ってるやつかもしれないがめんどくさいので来たときに自己紹介してもらおう。」


 「ありがとうございます。で、次なんですけどなんで僕入会する前提で話進んでるんですか?」


 「え?入らないの?」


 「なんでそんな素できょとんとしてるんですか」


 どうやら本当に入るものと思っていたらしい。


 「いやだって、こっちまで来たのはいいとして、普通、『わー飛行機あるーわーなんかハンモックあるー怪しー帰ろー』ってなるはずだよ。普通の人達は」


 「…あ」


 「でも君はあの飛行機が気になって、ハンモックに腰を下ろした──いや寝そべったか、そしてアレを見ながら寝ただろ?」


 「…」


 「あの飛行機が気になったんだろ?だったらそれだけで入会するって言ってるようなものだよ。それが君の知りたいことなんだろ?」


 「…」


 なぜか弘は返事ができなかった。


 弘はここのところずっと、「自分はどうしたいのか」悩んでいた。しかしこの水瀬風花という人間は、弘は『あの飛行機が知りたい』と断言した。


 弘が知らない弘を知っているようで、得体のしれない、恐怖でもない何かが弘の内から湧き出る。



 「──でも、俺、弓道部もやってて」

 「私はそもそも学校を三日に一回休むし、沙羅は休み期間中ほぼこない。新人の1年生も半分幽霊だし毎日来てるのは綾だけ。でもこいつここでゴロゴロしてる時間の方が活動時間より長い。よって兼任はまったく問題ない」


 かろうじて出た言葉もあっけなく跳ね返された。いやそんな理由で跳ね返されたくないんだけども。



 「──それでも、やっぱり」

 「あーーもう名前書くだけでいいから!来たくなった時だけ来ていいし適当に過ごしてもらって構わない!とりあえず名前書け!えーと名前は」


 「1年電気工学科34番松ヶ崎弘君ね」


 「流石沙羅!今度はどんな悪事を働いたんだい?」


 「4月に学校HP経由で持ち出した新入生のリストにあった顔写真と学ランの学科章から」


 「いや~会員に一人でもハッカーがいるとアニメみたいなことも手軽にできちゃうな!」


 「沙羅ちゃんそれ普通に違法だからね~?」


 学校のセキュリティがザルすぎて不安しかない。弘には既に漠然とした恐怖と呆れと不安しか残っていなかった。ここまでされるともう逃げられないといいう悟りすら感じていた。


 「分かりました…入会します。」


 「オッケーそれでこそ男だ!じゃあ住所とかここに書いて!なんなら書いとくけど」


 「いえ自分でやりますので一刻も早くそのデータ消してください」


そもそも自分の個人情報がつかまされていることが不安でしかなかったのもあった。


───────────────


 プレハブから出ると、既に辺りは暗くなっていた。完全に模擬店の片付けは終わり、後夜祭も始まっているであろう時間であった。


 幸い裏門が開いていたので、正門付近に陣取っては後夜祭に引き込もうとする実行委員に引っかからずに済みそうだった。


 「…」


 裏門に足をかけようとして、一瞬立ち止まり飛行機を振り返る。


 『そういやあの飛行機の名前とか知らなそうだな』


 入部届に名前を書き、やっと気が抜け、うなだれていた弘に話しかけた風花の声が再生された。


 『あの飛行機は“T-6G TEXAN《テキサン》”。日本では“松風”なんて呼ばれていたりもする。』


 『どういう飛行機なんですか?』


 『残念だが、男の子が好きそうな戦闘機とかじゃない。バリエーション機もあるから一概には言えないけど、あれは戦うための飛行機じゃないんだ』


 『じゃあどんな──』


 『練習機だ。パイロットを育てるための、初めてパイロットが自分の力で空を飛ぶ飛行機だ。』


 T-6Gテキサン。弘はもう一度脳内で復唱する。


 そして再び踵を返し、裏門から下校した。


 (あの飛行機を知りたいなんて意識したことはない。ましてやあの同好会での活動が、テキサンの研究がやりたいこととは思えない。でも──)


 なぜ、あの人たちに惹かれるのだろう。なぜ、あの人の考える松ヶ崎弘は、あの飛行機が気になっているのだろう。

 今までとは違う感覚に気持ち悪さを覚えながら、弘は帰路についた。


───────────────


 「いやっほう!」


 そのころ飛行研部室では、風花が一人身体を大きく反らしてガッツポーズをしていた。


「やっと5人になったね~」

 

「綾全然うれしくなさそうじゃん!もっとこう喜べよ!」


 「これでもうれしいんだよ~初めて遭遇するタイプのめんどくさそうな人種が登場して」


 「綾のその人間観察趣味はどうにかならないわけ…」


 有明沙羅は強羅綾の人間観察趣味のひどさを知っているので、新人の弘をすこし気の毒に思えた。しかし彼に名前をかかせる決定打になったのは自身の情報であったのを思い出し、特にそれ以上の小言は言わなかった。


 「まあ、何はともあれこれで会員が5人になったわけだ!沙羅!例のモノを!」


 「はいはい、これね。あと机に立つな」


 パソコンから目を離さず、引き出しに入っていた紙を後ろにぽいっと差し出す。身長の高い風花にはそれだけで十分届いた。


 「流石沙羅ちゃんだ!全部しっかり書いてあるね!じゃあ明日さっそく出してくらあ!」


 風花の手には「飛行機研究会の同好会から部活動への格上げに関する申請」と書かれた紙が握られていた。

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