1年目11月 夢見る彼女たち
第2話 1年目11月①
看板のあった十字路から休憩所までの道は、最初はテニスコートと部室棟にはさまれた直線であったが、途中からは実験自然林を回り込むように道が曲がり始め、一切校舎が見えなくなった。
校舎の奥から聞こえる祭りの喧騒がかろうじて聞こえなくぐらいになって、ようやく道の終点──裏門が見えてきた。
「休憩所なんてないぞ…」
裏門まで来たものの、見えるものは使われていなさそうなプレハブ一棟。今までの道の脇に建物が建っていた覚えもなかった。
穴場を期待していただけ大きかった失意の内に、道を戻ろうとしたその時
「──飛行機?」
自然林の風景に馴染むようで、かろうじて違和感を放つその物体に目が留まる。
くすんだ、本来はシルバーであろう灰色のボディ。割れたキャノピー。潰れたタイヤ。
気づいた時には、足が自然と道を横切り、その朽ちた飛行機が目の前にあった。
ボディ側面には大きく書かれた日の丸と“083”の文字。大きなプロペラが機首に取り付けられていることから、プロペラ機であることは分かる。あまり飛行機に詳しくはない弘は、その特徴に該当する飛行機は零戦の名前以外思いつかない。しかし、前に旅行で特攻資料館かどこかに行ったときに見たものよりは小さい。その上、零戦では機銃があった主翼の前面には、くすんだ透明のカバーがされている。
「戦闘機じゃないのか…?」
そう呟きながら、そもそもこんなところに飛行機がある事実にようやく疑問が湧いてきた。
畿内高専の校内には、ところどころに実際に使われた機械類などが展示されている。新幹線の試作車両台車や高速船用電磁エンジンなどがあり、いずれも文化祭等においてはスタンプラリー企画のポイントにもなっている。
しかしこの飛行機ほど大きく、子供でも分かりやすいような展示物は他にはない。ところどころ壊れてはいるものの、ほとんど原形をとどめているであろう飛行機が、こんな人も寄り付かない果てにあることは違和感でしかなかった。
何気なく一周したのち
「ハンモック…?」
やたらと綺麗なハンモックが飛行機のそばの木にかかっていることに気づいた。
──怪しい。
別に勘が冴えていなくても分かるほどの違和感。もしかしてこれが休憩所─?だとしても飛行機の説明にはなっていない。
しかし
「ちょっとぐらいなら…」
弘は疲れていた。単純に前日の模擬店で働きすぎたのもあるが、やることが無いまま歩き回りつつ、常にナイーヴな悩みを巡らせていたので、足と頭の疲労がMAXに達していた。
飛行機の左側にかかっていたハンモックに、飛行機を眺めるように寝そべる。自分は何かを眺めるか、考えでもしていないといつどこであろうと寝落ちしてしまう人間であることを弘は自覚しているので、なるべく特徴的なものを視界に入れ思考を保とうとしたのだ。
しかし
「あやばいこれ…これはやばい…」
独り言でもしない限りには思考を保つことができないほど、ハンモックは快適性に優れていた。
ほどよく木陰でありながらまぶしくない程度に光が差し込み、わりと構造物が多い関係から強い風は吹きこんでこない。このハンモックをセッティングした人間は相当堕落に理解があることは明白だった。
「やばいこれ本気で寝落ちする…起きないと…」
独り言を強化しても眠気は収まらない。そもそも弘は先日の激務と今日の思考疲れと歩き疲れで相当披疲労していた。
そうして弘は完璧に寝落ちした。
───────────────
「──んん」
何やら人の声が聞こえ、弘は目が覚めた。もとより物音には敏感なのか、しょっちゅう電車で寝るが寝過ごしたことは一度もなかった。
そして起床後の頭の回転も速く
「──やっべ今何時だ…」
寝ぼけつつも大切なことにはすぐに意識が向く、即応性に優れた起床を披露した。
「5時だよ、寝坊助君」
「あぁは──え?」
腕時計を確認しようと上げた顔が、自分の正面に座っている女性を捉え間抜けな声を上げる。
目の前に突然女性が座っている状況もそうなのだが、この間抜けな返答には「いつのまにか見ず知らずの部屋にいること」にも向けられていた。
「──は?えここどこ?つかあなたどちら様ですか!?」
一瞬のうちにこの状況の様々な可能性が脳内をめぐり、そしてパニックを起こす。
「ほらパニック起こすって言ったじゃん。発見からの手際が乱暴すぎるんだよ…」
目の前を座っている女性の奥、およそ6畳ほどの部屋の隅に作られた、作業スペースのような場所から、二人目の女性が顔を出した。
よく見たら畿内高専の制服を──だいぶ着崩しているというか、だらしない着方をしているが、女子制服であることは分かる。それに、童顔だが顔立ちが整っていることが部屋の対角にいても分かった。
「だって本気でかかるとは思ってなかったからさ──あ、君ごめんね。ここ一応校内だし変なこともしないし追って説明するから話だけ聞いてほしいな」
正面の女性も、制服は着ていないものの学生であるらしい。こちらも少し見ただけで、相当顔立ちが整っていることが分かる。柔和にほほ笑むので少し安心し、目を合わせようと──
「ぎぃえやぁぁ!!」
とても目つきが怖かった。確かに目つきは悪いが、それ自体にはあまり取り乱す要素がない。しかしその整った顔の穏やかな笑みとは最悪のミスマッチを起こしており、さすがに叫ぶのは悪いなとは瞬時に考えながらも、つい叫んでしまっていた。本気で怖かったのだ。
「
「いやだって、
そう言いながら、風花と呼ばれた女子学生が弘の後ろを指さした。
「いやぁ初見の子が初めて風花の笑顔見たらどうなるかなって」
「うおわぁ!!!」
真後ろにもう一人立っていた。しかも振り向いたところに顔があった。
「ねえねえ君一年生?」
至近距離から顔を覗き込み聞いてくる。綾と呼ばれた女子学生は、興味ありげ、と顔に書かれているようなワクワク顔で聞いてくるが
「ひゃい…」
顔の覗き込み具合と、今までの体験上、弘にはカツアゲにしか思えてならなかった。
「じゃあ風花の噂は耳にしてないわけで、これが初風花ってことか…ねね、どんな気分だった?風花の笑顔見て」
怒らないから言ってみ、と言われたものの言えるわけがない。
「ねえ教えてよ!」
「それは後でいいからとりあえず説明させて」
「ねえ本当にかわいそうだから一旦置いてあげなよ…」
そして弘は思考を停止させた。
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