1年目4月

第1話 1年目4月

─1年目4月─


 「本校は学生の自主的活動、つまり皆さんのやりたいことを課外活動として推進し、学校を上げて支援してまいります」


 既に10分は経過した校長の式辞は、新入生の緊張を悪い方向で解いてしまっていた。


 無論、松ヶ崎弘まつがさきひろもその一人であったが、校長のその言葉にはしっかりと反応する。


 (やりたいこと──ね)


 国立畿内工業高等専門学校。通称畿内高専は全国50校超となる高専のうちの一校。専門性に特化した5つの工学学科を有し、卒業生からは多くの著名技術者、開発者を輩出している。


 高専──高等専門学校は中学卒業後より進学できる、高等教育機関だ。約5年間かけ工学や技術、商船の技術者を養成する。


 その始まりは高度経済成長期の技術者不足に対応したもので、大卒より早く、高卒より能力の高い技術者を育てるために作られた学校なのだが──。


 「自律を求められるこの現代において、高専や技術者は専門技術のみでは生き残っていけません。」


 15分を突破した校長の演説で説明されたように、速成の技術者として社会に送られる若者と、その若者を輩出する学校は、移り変わる時代の中で、生き残りが厳しくなっていた。


 そこでいち早く対策を行ったのがこの学校、畿内高専である。


 昨今の教育におけるトレンド「学生の自主性・創造性」を重視するカリキュラムをいち早く取り入れ、一時はマイナーな進路であるはずの高専でも類を見ない知名度と競争率を誇った。


 そんな話ももう10年近く前。今ではすっかり鳴りを潜め、ただの一高専である。しかしそういった経緯からも、“個性尊重カリキュラム”学校の登竜門的存在として県下では知られている。


 つまり新入生のほとんどは、何かしら“目標”や“やりたいこと”を持っている。それを成すためにこの高専を選んでいるといっても過言ではない。


 弘は校長の20分かかった演説のうち、たった数秒のその二句をずっと嚙みしめていた。


 (俺は一体、何がやりたいんだろうな──)


 そして“やりたいこと”を持っていない自分を、少し恨んだ。



─1年目11月─


 弘はもとより、“やりたいことを探す”という目的を持ってここ畿内高専に入学した。自分達の“目標”や“やりたいこと”に取り組む学生たちと触れ合い、自分にもそれが生まれることを望んだからだ。


 4月には弓道部に所属した。中学より続けていたのもあり、新しい環境で継続して取り組むことで何かが見えることを期待した。


 9月になって、惰性で続けている自分に気がついた。無論楽しくやっているし同級生とも切磋琢磨できている。有意義な時間ではあったが、この先に何があるのかが分からなくなり、通いはするが意味を求めるのはやめた。


 夏休みには友人と共に合宿式のビジネスコンテストに参加した。優勝すれば提携企業によって自分たちのアイデアを実現してもらえる。弘たちはお互いに高いモチベーションのまま数日間アイデアづくりに没頭した。


 結果は惜敗だった。全国大会出場資格のある地方大会優勝に一歩届かない準優勝。同じチームでありコンテストで仲良くなった他校のメンバーと大会後もアイデアを売り込みに行こうと相談したが、夏休みが終わるころには連絡もまともに取らなくなった。


 夏休みが終わり9月になったばかりの頃、同級生が他学科の友人と会社を立ち上げうまく経営を続けていることが分かった。


 入学後すぐに仲良くなり、お互いこれから頑張ろうと話していたのだが、一気に差をつけられたようで虚しくなった。


 そして弘は、すっかり希望を無くしていた。


 この半年、自分なりに頑張ったのは事実だ。実際悪くもない結果を残している。しかし同級生は自分より早くモノを決め、速く結果を残している。弘が友人と一緒に無理やり弓道部に引き入れた、やる気のなかった同級生は、瞬く間に腕を上げ今や県下の高校弓道で噂に上る程の弓引きとなった。


 自分はもっとできる人間だと思っていた。もっと好きなことを見つけるのが上手だと思っていた。


 しかしそれを意識的に受け止めるのが辛く、意識しないように他のことを必死で考えているうち、半年も時がたっていた。


 (またこんなことを考える──)


 既に何回繰り返したかも忘れた現状確認をして、ため息をつく。11月も下旬。文化祭2日目の夕方ともなれば、正門から近い模擬店通りを外れた講義棟付近にはほとんど人がいない。


 弓道部の模擬店を一日中手伝っていた初日であれば何も考えずにいられたが、仕事はないのに手伝い要員として校内にいなければいけない今の状況は、弘に考える隙を与えてしまっていた。


 「こんなに悩むぐらいだったら、普通の高校に行っておけばよかった─」


 そんな独り言が出るぐらいには疲れていたし、人もいなかった。


 こういうとき弘は、無意識に空を眺める。余計なものがないのが好きなのかどうかはわからないが、ただ漠然と、なんとなく“好き”であった。


 しかし今回は、空へ向かうはずの視線がふと水平線で止まる。


 「休憩所─?この先?」


 いくら広いとはいえ、高校以上大学未満ほどのキャンパスである。わざわざ看板付きの休憩所があるのは微妙に違和感が残った。


 「…」


 時計を見る。片付けの時間まであと2時間ほどある。校内探索は春のうちにある程度済んでいたが、校舎から離れた場所はところどころ未踏だった。


 「…ちょっと行ってみよう」


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