本編
プロローグ 0年目3月
─0年目3月─
「あー」
「うわ気持ち悪。なにやってんの」
「うおっ、沙羅じゃん。春休みに学校に来るとか、明日雪降るわ」
おそらくツッコミを期待した挨拶だったが、
「追試のついでに寄っただけ。あとバッテリー充電しに来た。」
「追試──って、また進級条件ギリギリ攻めてんのかよ。よくもまあそんな器用なことできるねえ」
「どの口が言う。」
なにをーあんたほどギリギリを生きる器用さはねえわーとパイプ椅子をガタガタ言わせながら喚く風花を横目に、机下の大容量バッテリーに自分の小型バッテリーを接続する。立ち上がろうとしたとき、頭の上に何か軽いものが乗っかったのを感じた。
「部員変更届─?ああもうそんな時期か」
「そう!それなんだが!」
椅子を揺らすのをやめた風花が顔を向ける。この学校ではかなり上位に食い込むであろうその美形と、同じくかなり上位に食い込むであろう目の怖さと、机にあたっていた間抜けな赤い跡がとてつもなくシュールなミスマッチを起こしていた。
「…」
「え、何そのよくわからん表情」
「いえ、続けてください」
沙羅はツッコミ要員ではない。風花は意図してもしていなくてもボケのかたまりなのだが、一々ツッコんでいたら疲れるし、そもそもボケとツッコミという文化自体が煩わしいと感じる人間だった。
「まあ、あと2人ほど集めたら晴れて部に昇格できるのだよ!」
通常、同好会は会員数が5人を超え、学生会に書類諸々を提出し承認されることで、晴れて部に昇格できる。昨年に沙羅ともう一人を会員に迎えた我ら“飛行機研究会”は、この時を1年間待っていたのだ。ただ、
「うん、まあ、それは承知してるんだけど」
「どしたん?」
「来るの?」
「ぶっちゃけ無理」
「だろうね」
想定通りの返答に、沙羅は特に驚くことも無かった。それもそのはず、飛行機研究会、略して飛行研は
「いやだって“非行研”なんて言われてる同好会に誰が来るよ?学校のHP以外名前も載ってないぞ?」
記録が残っている限り発足50年と、学校創立から続く老舗同好会でありながら、会員数3人。それも去年までは会長である水瀬風花ただ1人。広報誌はおろかパンフレットにも載っておらず、課外活動棟に部室がない得体のしれない同好会なんて、見学者は多くて数人少なくてゼロ、入部希望者なんて見込めるとは思えなかった。
“非行研”は、まあ、ここにギリギリ進級できる分の単位しかわざと取得しない半不登校学生が二名いることからお察しであろう。しかも3人中2人。
「そこで」
風花が悪い顔をする。これはろくなことを考えていない時の顔だ。
「まず講義棟からここまでつながる道に『休憩所』と書かれた看板を建てます」
「んなもん都合よくあるわけ…なんであるんだよ」
風花の手にはいつのまにか看板が握られていた。しかも校内の案内板と見分けがつかないクオリティのものが。
「昨晩そこらへんの鉄板から切り出しました。んで文字掘りました。んで我らのテキサンの横にハンモックを設置します。」
「そんなもの都合よく…続けてください」
風花の背後の棚に、見覚えのない巨大な帆布が置かれているのが目に入り、面倒くさくなったので話を促す。
「んでこのどこのご家庭にもあるIrセンサと反射器をそのハンモックにかかるように取り付けます。」
「まさかとは思うけど、『上手い具合に釣られてハンモックで休憩している学生を無理矢理入会させます』とか言い出さないよね?」
「正解。以上です」
「絶対無意味だと思うけどもう勝手にやってくれ…」
呆れた沙羅は、充電の終わったバッテリーを取り外し、リュックを背負って帰ろうとする。
「いーや高専生は馬鹿だから絶対1人は釣れるって!信じろって!」
「この学校に入って偏差値が40ぐらい下がった私たち上級生は忘れがちだけど、一応ここの偏差値は高専最上位の70前後だよ。入学したての頃は全員意識が高い“いい子ちゃん”。ましてや最近のオタクは奥手ときた。風花の尖った釣りに釣られる魚はいないって…」
「どのみちそんな量産型オタクはいらん!よって実行する!以上!」
「まあ確かに…もう好きにしていいよ…お疲れ」
「はいお疲れ!」
用も済み、風花もめんどくさいのでそそくさと帰ろうとしたとき、沙羅はもう一つ用があったことを思い出した。
「風花、綾に貸した私のエアガン、部室のロッカーに入れておくよう言っといて。もう学校こないし」
「いいけど、綾ってエアガンとかサバゲーとか興味あったっけ?」
「『ネットで知り合ったエアガン好き達にたまたまエアガン持ってたけどなんていうやつかわからないから教えてって質問したときミリオタはどういう反応を返すのか知るため』だって」
「うわ怖…言っとくけど自分で言わないの?」
「嫌だ。引きこもる。四月なんか授業あってないようなもんだし、学校行かない。」
返事も聞かず、じゃね。とだけ言い残し、簡素なプレハブの部室を去った。
───────────────
まだ肌寒さが残る3月初旬、今年で最後となるであろう制服の上からコートとマフラーを羽織りながら裏門へ向かう。
ふと右手の実験自然林のほうへと目を向ける。裏門から帰るときの、無意識な動作だ。
光沢を失い、雨雲のような色をした元シルバーのボディ。割れたキャノピー。昨晩吹いた強風によってか、2枚のプロペラはこの前見たときと角度が変わっていた。まさに朽ちたという表現が正しい飛行機。
「バイバイ、テキサン。」
我ら飛行研の宝にして、数少ないアピールポイント。第二次世界大戦期のアメリカ製練習機“T-6Gテキサン”を背に、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます