第4話 1年目11月③
「はあー…」
弘は荷物を降ろして、真っ先にため息をつく。
「どしたん、朝から景気悪いぜぇひろちゃーん」
「…優みたいに悩みのない人間になりたいって思っただけ。あと椅子どいて」
特に断りもなく弘の机を占拠していた日置優は、最近マイブームのトランプマジック用のトランプをシャッフルしている。席を立ちつつ、「だって俺何も考えて生きてないもん」と軽口を叩く。
「珍しいやん、弘がこの時間に来るやなんて」
スマホから目を離さないまま、左隣からこてこての関西弁で大和美紀が質問してきた。スマホでなにやらゲームをしているらしい。
日置優、大和美紀は弘の弓道部の同期であり、同じ電気工学科の1年生である。
名簿が近かった弘と優、美紀は入学直後にカードゲームの話題ですぐに打ち解け、中学校で弓道部であった美紀の誘いを受けたことで同じ弓道部に所属することとなった。
この学校──畿内高専は、課外活動が盛んに行われている。しかし部活動といっても、いわゆる一般的な運動部等に力が入っているわけではない。やはり”工業高専”といった特性上、文系や技術系の活動に重きが置かれていた。学生の中でもそれは周知されており、運動部に所属するほとんどの学生は、バイトと両立していたり、他に課外活動のプロジェクトを持っていたり等、運動不足の解消程度に行っている程度だった。
例外として、身体能力の研究者である教員が顧問をしているラグビー部は全国大会決勝トーナメント常連であったりするのだが──
「昨日放課後色々あってさ、結局帰ったの19時なんだよ」
「あー、なんかいないな~と思ったから先に帰った」
優は弘の前の席を勝手に占拠し、背もたれを肘置きにして弘の机にトランプを広げた。
「なんで君らはそう容赦ないの…もうちょっと人を待つとか」
「試合で疲れてたし、帰ってはよ寝たかってん」
「学祭で模擬店やらなくていいからスタメンに入ったまである」
しかしこの二人──優と美紀は、アルバイトをしているわけでもなく、他に課外活動をしているわけでもなく、放課後はただ部活のみをしていた。
入学して数か月経ち、さりげない日常会話ができる程度の関係になったころ、部活以外に何かやらないのかと聞いたことがあるが、「ん、特に理由はない」と二人そろって一語一句違わない返事を返されてからは、特に聞くことはなかった。
「なんでそんな時間まで学校にいたのさ」
好きなカード選んで、と言いながら優が問う。
「色々あって、同好会に入ることになった」
「ほーん、で、どこ入るん?」
うっわなんで差し込むねんこの素人、と悪態をつきながら美紀が問う。さっきから麻雀をしていたらしい。
「飛行機研究会」
荷物を机に入れながら答える。筆箱を机の上に置く。スマホを充電する。一限目の科目のファイルと教科書を取り出す。お茶を飲む。
「…え、なんか反応無いの」
二人ともこちらを見たまま固まっていた。
「…いや、なんというか」
お前の選んだカードはこれやな、と言いながら優が曇った返事をする。ちなみに弘が選んだのはダイヤの6であってクラブの4ではない。
「ひょっとして弘ちゃん、“非行研”知らんの?」
跳ねたああああと叫びながら美紀が返す。さっきの初心者が差し込んでしまったらしい。
「ひこうはひこうでも、飛行機の飛行じゃなくて非行少年とかの非行ぞ。あそこのが裏でそう言われてるの知らぬのか」
シャッフルしながら優が補足する。この面子で話すと、基本的にテンポが取れたコントのような会話になる。今のようにキャッチボールが成立した時はなんとなく気持ちがいいのだが、今回ばかりは聞き捨てならない事項があった。
「ちょっとまって、なにその“非行研”って」
「なにもこうも、単純に“素行不良学生だけの同好会”って言われてるからさね」
弘は昨日、飛行研部室で出会った先輩たちについて思い出す。第一にやたらうるさくて笑顔が怖い、寝落ちした弘を部室へ連れ込んだ会長。校内サーバーを普通にハッキングし普通に個人情報を盗み見る会計。あとなんかやたら気分について聞いてくるマネ。
「…なるほど」
「納得してもうてるやん」
美紀に突っ込まれる。しかし昨日の経験から、素行不良の言葉ほどしっくりくるものはなかった。
「しっかし弘ちゃん、お前一応所属することになったんだろそのなんとか研」
「飛行研」
「ひこうけん。やっぱ俺的には所属するクラブについて多少は知っとくべきだと思うがね」
「ぐっ」
それを言われると弘は心が痛かった。やたら人間模様の濃いこの学校は、SNS上でも日常的に変人達の活動が流れてくる。そういった類の情報は抜かりなくチェックしていたつもりだっただけに、そんな香ばしいことを知らなかったことは少しショックであった。
「それに、弓道部はどうするのかね」
図星をつかれわざとらしくのけぞった弘に、優の追撃がとどめを刺す。実際、弘にとっては放置できない問題でもあった。
「別に、フツーに掛け持ちしていくよ。そういう人珍しくないだろ。それにそこまで活動してる雰囲気も感じなかったし。」
「フツーと言っても、道場に来る日数は減るぞ。どーすんのよ、そこんとこ。」
いつのまにか、優の口調がいつものふざけたものではなく、真面目な雰囲気を帯びていた。
この男は、たまにこうなるのを弘も美紀も知っていた。彼は自称する通り「好きなことやってほどほどに楽して生きる」を体現したような適当な人間だが、入学して以来、この学校で一番彼と長く関わってきた二人は、彼が自分達の想像より多くの物事を考えていることを知っていた。
その雰囲気を感じ取ったのか、美紀も重い空気にならない程度に気を使い沈黙を守っている。
「──。ぶっちゃけあんまり考えてなかった。まあそのへんは部長と相談する。」
「ほーん。じゃ好きなカード選んで。」
そしてすぐに素面に戻る。彼はこういう人間であることに、二人は既に慣れていた。
この二人──特に優だが、入学して半年以上たった今でも、弘には腹の底がいまいち読めないでいた。
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