第13話 1年目12月④

 「OB会50周年プロジェクト──?ああ、確かに電気科ウチがOB会と今年一緒に何かしてたなぁ。」


 12月2週目。テストの返却期間を終え、冬休みを控えた畿内高専きないこうせんの放課後の廊下は、底にたまった冷気と、それに全力であらがうかの如き厚みを持ったコートを着込んだ弘以外は誰もいなかった。

 これがテスト前にもなると、科目担当の先生に質問のある学生であふれかえっているが、最終学年である5年生以外の学生はテスト以外で先生や研究室を訪ねることはほぼ無い。かく言う弘もその一員であった。

 先生側も「一年生が珍しいことがあるものだ」、といったふうに弘を迎える。研究室は、授業の度に予算がないと嘆く先生の部屋とは思えないほど暖房が効いており、弘は、そりゃ金も無くなるよ、と心の中で苦笑いした。だが、この暑さはなんというか、暖房器の暑さとは趣が違う。なんかこう、むわっとしている。その正体も、すぐにわかった。


 「先生―!ちょっといいですかー!」

 「さっきの質問ならあと5分は考えろ~」

 「げぇーこれ以上は死ぬ!もう頭スポンジなんすけど!」


 卒論の期限が迫っている5年生たちの熱気であった。

 自分が4年後、こんな目に合っていると思うとぞっとする。どうせしなければいけない思いなら、その時に存分に味わおうと思って、将来の不安を頭の片隅に追いやり、ついでにコートも部屋の片隅に置いたバッグのところに追いやった。


 「で、そのOB会50周年プロジェクトがどうしたんだ。」


 自分のデスクに座った先生が、隣の事務いすの上に山積みにされてあった本をどかし、手でほこりを払って弘に着席を促す。その言葉に甘えて、弘も腰かけた。


 「いえ、最近僕、レストア部──前は飛行研っていう同好会に参加しているんですけど」


 一瞬、キーボードを叩く音や実験装置が出すピープ音で騒がしい研究室が無音になった。しかし、それも一瞬のことであったので、一瞬詰まったが弘は引き続き話を始める。


 「──まあ、参加しているというより定期的に部長に拉致されてるだけなんですけど、この部活って、テキサンっていう裏門のところにある飛行機を修理するのが目的らしいんですよ。」


 そこまで話したところで、先生が話を遮る。


 「レストア部もテキサンも、今更説明されなくても知ってるよ。──教員でも色々と有名だからね。」


 そういって先生はため息をつく。やはりあの3年女子連中は教員間でも悩みの種であるらしい。期しくも、このとき弘は初めて共感者を得た瞬間であった。そのことに若干感動を覚えながら、話は早いと弘は図書館から借りてきた今月号の広報誌を広げ、先生に見せた。


 「──入部することになってからここ一か月、結構高頻度で拉致されてましたけど、僕はこの『OB会50周年プロジェクト“テキサンレストアプロジェクト”』なんてものが進行してるの、初めて知りました。」


 流石に、先生も眉をひそめた。


 「考えられる可能性としては、“そもそも松ヶ崎に教えられていない”、“奇跡的にすれ違っている”、“どちらかが学校に認められていない”ぐらいだが──お前はどう思った?」


 一番目の可能性だが、正直あり得てしまう。完全に風花が伝えた気になっている可能性は捨てきれない。

 二番目の線に関してもあり得る。弘はじめ、あの部室に人がいるのは平日のみだ。土日は誰も立ち寄らない。OB会は当然と言えば当然、活動日は土日なので、本当にすれ違いが生じている可能性がある。

 そして最後の線だが、飛行研からレストア部に昇格となる際、風花はハッキリと「テキサンをレストアして飛ばす」と宣言した。確か、クラスメイトの学生会役員が、レストア部の昇格申請書の、必須な活動内容の項目に『テキサン直して飛ばす!』とだけ筆ペンででかでかと書いており、頭を抱えたと言っていた。そしてOB会は、学校の広報誌にプロジェクトを紹介されている。つまるところ、学校はOB会とレストア部、双方のプロジェクトを承認していることになる。よって一番最後の線は消える。

 結論。


 「いずれにせよあの人達に原因があるのは明らかだと思います…」

 「まあ…そうだろうな…」


 お互いため息をつく。どうやら先生も、連中に振り回された経験があるらしい。


 「まあ、いずれにしても俺にできることと、お前が求めてることはシンプルだ。結局、その件について俺は直接どうこうできないしな。」


 そういいながら、先生が手元のメモ帳にギリギリ判別のつく文字で、電話番号とメールアドレスをメモし、弘に渡す。


 「OB会代表の連絡先だ。まあまずはレストア部の確認を取れ。…こんなこと言うのは何だが、連中は人によっては毒でしかないからな。人付き合いも、まあ、考えながらやれよ」


 先生の、立場上ギリギリな助言を受け、弘は苦笑しながら激戦の研究室から退出した。

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