青い空が裏切っても

てつ

第1話 クタナウの、荒野

 太陽系と呼ばれる星系にのみ、人類は暮らしていた。つまり人類発祥の第3惑星、地球がかつての人類の居住地である。

 この銀河では、遊離酸素を含む大気をもつ惑星が希少。

 生命が自発的に発生した、きわめて稀な天体といわれている。

 現在の人類までに、進化した遺伝子の螺旋情報については、不明な箇所があり、いまだミッシングチェインと呼ばれている。

 人口爆発による紛争、疲弊した人類に追い討ちをかけるように氷河期が訪れ、人類のゆりかごたる地球は、死の星になった。

 人類は、恒星間航行や、惑星改造の技術を身につけ、飛び立った。

 わずかでも故郷の地球に類似する惑星を見つけると、入植のための改造を行うことで、居住圏を広げていった。

 地上に降り立つことを良しとせず、宇宙都市船での暮らしに落ち着いた集団もあった。

 そんな彼らの間で、時には諍いも起きたが、距離の問題と、恒星間航行技術の希少性やコストの問題から、大きな戦争にはならずにいた、というのが、ハルペル・シエナの知っている移民初期のころに関する情報だ。

 幼年課程で、その話を教えられたとき、入植にあたって、異星起源の生命体に対する倫理的問題はどうなっていたのだろうと疑問を抱いたが、それを口にしていいのか悪いのか、くらいを察する事ができる程度に、子供なりの処世術はあった。

「これが、地球かあ……」

 頬に受ける風は砂っぽい。

 岩肌がゴツゴツした大地は、赤茶けていて荒涼としている。緑はない。

「あれって、たぶん川の痕跡?」

 荒野の一角を指差したハルペルが座り込んでいる特殊金属の手のひらの持ち主である、全長17メートルの戦闘兵器マキーナのアイボールセンサーが、光った。

 マキーナは、マニュアル操作も可能だが、モーションマネージャと神経接続による操縦方式を採用した恒星間航行可能な人型兵器である。操縦方式の問題で、人型という無駄とも言える形状が採用されている。

<貴官の推測を、肯定する。しかし、現状の打開策につながるとはいえない>

「……ただの暇つぶしだよ。これでも、頭がいっぱいでパニックなんだ」

 そう、精一杯の虚勢という奴だ。

<休息を提言する>

「マキーナは優しいね」

<理解不可能>

「やっぱり優しいよ」

 今までは兵士として、戦い、敵を効率よく葬り、助けるべき相手を取捨選択したこともある。

 多くの矛盾と向き合い、傷が癒えることのない事実に、苦しんだこともあった。

 過去形になったのは、自分の矛盾から目をそらしたからだ。ただの道具、部品、そう思い込んでしまえれば、死に怯えることはない。

 それでも、時々思っていた。なぜ、支援インターフェースであるAIがありながら、人が戦場に立つのか。

 よほど、AIのほうが感情的にならず、疲れも知らず、戦い続けることができるのに。

「人工冬眠に入れば、しばらく生命維持はできるだろうけど、それが意味のあることなのかとか、いろいろと考えているよ」

<技術的に、人工冬眠は、当機の推進機関が破損しない限り、半永久稼動する。しかし、現状を想定していたとは、断定できない>

「だよね。恒星間航行は可能だけど、戻るっていっても、ゼロタイムじゃないから、時間の誤差はでる。時間軸の計測は?」

 時間の誤差は、何千年、何万年どころではないかもしれない。

 ここへ飛ばされたとき、ブラックホールの崩壊クラスの高重力下にいたのだから、通常空間へ復帰した時点で、大きく時間はずれているはずだ。

<本隊とのリンク断絶。基準点の喪失により、計測不可能もしくは困難な状況。太陽系の恒星である太陽も、我々の最後の記録と比較すると、変質している。恒星の状態からおおよその見当をつけることは困難である>

「とんでもなく未来だったら、人類はもう……」

 いないかもしれない、と口に仕掛けて、ハルペルはやや躊躇った。

「誰もいなかったら、眠るのもありだけど、その前に、ここを調べてみたいな」

<原隊復帰は、貴官の守るべき事項のひとつだが、本隊への復帰は事実上不可能と断定している。ゆえに、貴官の提言は理にかなっている>

「もうちょっとフランクに喋れないの?」

 フランクな口調で喋るマキーナは想像がつかない。だが、軽口でもたたかないと、不安でしかたがない。

<脳波計測、基礎律動に、軽微ながら問題を確認。再度、休息を、提言する>

「眠ったところで、問題は解決しないってわかってるだろう、相棒」

 ハルペルは、穏やかに抗議した。

 マキーナの声がいつも以上に無機質に感じられるのは、きっと不安だからだ。単なる錯覚だ。

「どうするか方針を決めるにあたって、生命反応が観測可能範囲にあるか、確認」

<観測完了。生命による熱源反応を確認。人間と推測。数1、距離2009>

「じゃあ、とりあえず行ってみますか」

<現地人との接触において、ヘルメットの着用を提言する>

「医療サポートがないからね。マキーナのナノマシン自己修復機能は?」

<自己診断にて、すべて良好と確認。損害0」

「よかった」

 コックピットのシートにひっかけておいたヘルメットをかぶると、バイザーを下げる。

 腰のレイザーガンを確かめる。殺傷モードから、威嚇モードに変更。当たっても、しびれる程度だ。さすがに不幸な遭遇戦は避けたい。

「マキーナ、ナビを頼む」

<了解>

 バイザーに、位置情報が転送される。

 生命反応が1、ほかに脅威はなさそうだ。

 脅威があるのに、その情報を秘匿するようなマキーナではないことは、4年の付き合いで理解している。何しろマキーナは、戦闘支援インターフェースAIなのだ。

「指示があるまで待機」

<了解。待機モードへ移行>

 数十メートルの崖を、トントンと身軽に駆け下りる。

 恒星間での戦闘が主な任務とはいえ、白兵戦の訓練は定期的に受けている。亜光速での戦闘も体力勝負なところもあって、訓練はかかしたことはない。

 身体能力評価は、トリプルAだが、実際の白兵戦の経験はないから、どれほど実線で戦えるのかはわからなかった。

 荒事にならなければいい、とハルペルは切実に祈った。

 何しろ、朝から働きっぱなしだ。

 敵の次元断裂、励起誘導、平たく言えば、空間そのものを破壊する兵器の破壊工作任務で、破壊には成功したが、通常空間に復帰したら、遥かかなたまで飛ばされていたというわけだ。距離の問題だけでなく、時間も大きくずれた可能性がある。

 これ以上、とんでもないことは、きっと起きないはずだ。

 起きたら、さすがに信じてもいない神様をのろってやろう。






 ジーク・フランジは、流れおちる汗を手の甲でぬぐいながら、もくもくと歩を進めた。

 姉のいるクタナウの王都までの道のりは、絶望的に遠い。

 間に横たわる荒野は、一部砂漠化も始まっていて、徒歩で渡るなど、正気の沙汰ではない。

 両親が健在だったころは、二人とも魔力持ちだったから、馬車を使うこともできた。だが、彼らの子供たちは、とても珍しい魔力無しだった。

 だから、魔力無しのジークが、どこかへ出かけようとしたら、歩くか、誰かの馬車に乗せてもらうしかない。

 魔力無しに対する偏見から、後者は選択肢にもならない。

「何で、1ヶ月たっても、帰ってこないんだよ」

 片道、歩きで1週間の道のり。女性とはいえ、ジークの姉は、健脚だし、男顔負けの剣技の持ち主で体力自慢だ。今回の王都への呼び出しにおいて学生時代の友人である王と王妃の迎えで、足はあったはずだ。

 出来損ない、とレッテルを貼られる魔力無しは、差別されて、ろくな仕事に就くこともできない。当然、結婚して子孫を残すとか、まず無理だ。

 そこで、二人の両親は、貴族位を売り払って、辺境に移り住み、畑を耕すことで生計を立てることにした。魔法で動かす農機具は一切使えないが、それでも、最低限、日々の暮らしの糧を確実に得られる手段だと選択したのだ。

 善良な両親は、それでも子供たちが学ぶ機会を欲すれば、中立国の学校へも通わせてくれた。

 中立国ならば、王制でなはく民主主義の国で、魔力無しに対する差別も、国内ほどひどくはない。

 まったく差別がないわけではないから、嫌な目にもあったが、それがきかっけで友達もできた。

 学費の問題で、学校を辞める日は、別れが寂しいとさえ思えた。学校に入るときは、差別が怖くて、嫌でたまらなかったのに、世界はそれだけではないと知って、嬉しくて、別れが悲しかった。

 学校を辞めてからも手紙のやり取りはしていたが、何しろ辺鄙な場所だから、細々としたものだ。

 国王夫妻から、力を貸してくれと、と姉が呼び出されたのは、帝国が、和平条約を放棄する1週間前だった。タイミングがよすぎるとしかいえない。

「魔力無しの姉貴にできることなんて、ないのに」

 戦争が始まってしまえば、家に帰るのはだんだん難しくなる。

 病で、床に伏しがちな母親のためにも、用事を終わらせて、さっさと帰るんじゃなかったのか、と悪態を呟く。

 ふと、岩陰に、低木ラケージが自生しているのを見つけた。

 あの樹液は、飲み水の代わりになる。根っこもだ。手持ちの飲み水はできる限り節約したい。

 腰に下げていた短剣を抜いて、ラケージの根元を丁寧に掘る。

 根を折って、水滴を口に含む。ほのかな甘さに、ほっと息をつく。

『遭難者か』

 聞いたことのない言葉と、ともに、頭からつま先まで、真っ黒な人影が、いつの間にか、ジークの傍らにたっていた。

「ひっ………」

 14年の人生の中で、こんな奇怪な格好の人間に出会ったことはない。ジークは息を呑んで、目を丸くした。

 何だ、これ、とそれだけが頭の中を駆け巡る。

 驚愕のあまり、唯一の武器のはずの短剣が、手から滑り落ちたことにも気づかない。

『こんな場所に子供が一人、というのは、どういう状況なんだ? 遭難にしても不条理だ』

 相手の言葉がまったくわからない。

 ジークは、中立国の学校に通っていたこともあって、複数の言葉が使えるのだ。そのどれとも合致しない。

「な、……何、言ってるんだよ」

『もう少し喋ってくれると、解析しやすいんだが……』

 真っ黒な人間は、よく見れば、顔のあたりだけ、透けて見えている。繊麗な顔立ちの人物は、困ったように眉根をよせていたが、やがて何かを思いついたように微笑んだ。

「な、え?」

 次の瞬間、気づいたときには、ジークは、真っ黒人間の肩に担がれていた。華奢な見かけによらず、力があるらしい。

 人一人を担いでいるとは思えない素早さで、走り出す。

 王都とは逆方向だ。

「ちょ、せかっく、ここまできたのに、何で、逆方向に走ってやがるんだよ。ふざけんなー、ちくしょー、放せ、放せってばー!」

 大騒ぎしているうちに、崖下にたどり着いた。真っ黒人間は立ち止まって、誰かと喋りはじめた。誰かいるのか、とジークは首をめぐらせたが、人影はない。だが、確かに、真っ黒人間以外の声がする。

『さすがに抱えている状況で崖のぼりは無理か。マキーナ、来い』

<貴官の行動に整合性を見受けられない。情報収集が目的だったのではないか?>

『だから、緊急キットにある食料を分けようと思ったんだよ。言葉が通じないから、とりあえず実力行使?』

<貴官の短慮は、問題である>

『リリアナが他人とわかりあうときは、胃袋からつかめと言っていた』

 リリアナとは同期のパイロット仲間だ。よく美味しいと評判の店へ連れて行ってもらったものである。

<偏った意見と推察する>

『それに、マキーナが、いきなり目の前よりマシかと……ともかく来てください』

<了解>

 口ごもっている真っ黒人間は、なにやら怒られているような雰囲気だ。

 そりゃ人攫いだ、怒られて当然だ。

 どこにいるのかは検討がつかないが、もう一人の奴は、常識はありそうだ。言葉が通じそうにないがと、ジークがやや楽観し始めていると、頭上から影が落ちた。

 音もなく、目の前に、白い巨人が降り立っていた。

「ご、ゴーレム? 初めて見た」

 白く美しい流線型をもつ、人型の巨人に、ジークは状況も忘れて、呆然と見つめた。

 遺跡から、時折発掘されるゴーレムと呼ばれる巨人は、魔法によって動く、兵器だ。中には、大きな建物を建設したり、土木工事に従事したりすることもあるが、一般に出回っていない。たいていの国で、政府の管理下にある。

 一般人が使うときには、政府に高い使用料を払って、一時的に借りるのだ。悪用されないように、操縦する人材まとめて、政府から貸し出されることが、使用料が高い要因のひとつだ。

 この国では、ゴーレムは、王の管理下にある。

「え、て、つまり、王様の騎士?」

 ジークは、真っ黒人間を胡散臭げに見つめた。

 王の騎士で、ゴーレム使い、といえば、エリートだ。なのに、目の前の人物は怪しいし、人攫いまがいだし、憧れには程遠い。

『何を言ってるんだ? マキーナ、言語解析は可能か?』

<類似の古代言語を確認。正確性は7割程度ですが、翻訳可能>

『それで構わない』





「こんにちは? 私の言葉、わかりますか?」

<ハルペル、ひとまず、その子供を、おろすことを提言します>

「あ、そっか」

 ハルペルは、肩に担いでいた子供をおろすと、傍らの小岩に座らせた。

 顔を覗き込むと、疲労の色が濃く、どこかぼんやりしている。

 コックピットの緊急キットから、飲み物と食べ物のレーションを取り出すと、封を切って、子供に手渡した。見たところ、年のころは同じくらい、14歳前後だろう。

「何、これ……」

「携帯用の食べ物と飲み物だ。君、脱水症状を起こしかけているかもしれないから、少しずつゆっくり口にすること」

 ハルペルは説明した。

「パイロット用だけに、医療向けにも対応しているから、体への負担は少ないはずだ」

 胡散臭そうに手の中の食べ物と、ハルペルの顔を交互に見つめたが、やがて思い切ったようにレーションを口に含んだ。さながら、毒でもあおるような勢いだったが、一口目で、その様子は変わった。

「……うそ、美味い」

「まあ、携帯食は、昔からマズイのが多いけどね」

<そういった意味ではないと推測する>

「じゃあ、どういう意味さ?」

<貴官のメンタル維持のため、回答を拒否する>

 マキーナの声があきれているように聞こえてしまうのは錯覚だろうか、とハルペルは少しばかり面白くない気分になった。

「……間違った選択なら、叱ってくれたほうが助かる」

「なあ、もう一人いるんだろ。何で、顔を見せないんだ?」

 すっかりレーションを食べつくした子供が、焦れたように声を上げた。

「もう一人?」

「だから、ゴーレムにいるんだろ。あんたじゃない、騎士様がさ」

「顔を見せろ、とはどういう意味か?」

 怪訝そうなハルペルに、子供は唇を尖らせた。

「だから、ゴーレムから降りてきてってこと。中に、もう一人いるんだろ? 俺、騎士様に姉さんのことでお願いしたいことがあるから」

「マキーナの中に、今、誰もいない」

「うそだ。じゃあ、あんたは、誰と喋ってるんだよ」

「私が喋っているのは、マキーナ。君がゴーレムと呼んだ、その白い戦闘兵器。今、この場にいる人間は、君と私だけだ」

「ゴーレムって、喋るの?」

 恐る恐るジークは、きいた。

「ゴーレムが、マキーナのことを言っているのであれば、そのとおりだ」

「知らなかった」

「そうか。私はハルペル。君の名前は?」

 ちょっとした誤解が生まれた瞬間だったが、二人とも、その事実には気づかない。

「聞いてどうするんだよ」

「会話には必要だろう。それと、君には、ここがどこなのか、教えてほしい。君が旅の途中なら、送っていく」

「……騎士なのに、迷子になってるのか?」

「そう、迷子だ」

「この辺で戦争してて、はぐれた、とかじゃないよね? 俺の家、あっちの山ひとつ向こうなんだけど……」

 子供の顔に心配そうな色が深くさした。

「この辺、戦争、していない。否定する」

「って、どっちだよ」

<この近隣での戦闘行為は確認されていない>

「なら、よかった。……あ、俺、ジークっていうんだ。マキーナ、教えてくれてありがとな。あんた、大変なご主人で苦労してそうだな」

<肯定する>

「……ひどい言われような気がする」

 ハルペルは、眉をひそめて、天を仰いだ。青い空がどこまでも続いていた。


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青い空が裏切っても てつ @Mac1992_r

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