第67話 守楼(Slow)

 ユキが、『ミコト』を連れて戻った先は実家だった。

 黒い獣と同化したユキを松は怯える様子も無く迎え入れた。

 半裸の『ミコト』を寝床へ寝かせ、目覚めた彼女を数日間、泊めた。

 ユキは、朝には獣化を解いて眠っていた、大して介抱の必要も無いくらい傷が浅かったのは、獣化していたせいであろう。

 夜叉丸は、瀕死のユキを助けるために獣化したのかもしれない。

 最も、体力の消耗は激しく、ユキは1週間以上眠り続けた。

 ユキが目覚めた頃には『ミコト』は姿を消していた。


 目覚めてからのユキの記憶は曖昧で、ARKに居た頃は覚えているものの、NOAでの生活の事は、ほとんど覚えていないようだった。

「自分には兄がいた…」

 目覚めた当初は、そんなことを言っていたが、その記憶も消えたようだ。


 ARKの宿舎が直り、ユキはまた、宿舎で生活している。

「よぉ、記憶喪失だってオマエ」

「アタシといい事したのも覚えてないの?」

 カイトとキリコに構われながら、ユキは、少しだけ変わった元通りの生活に馴染んでいった。

「早く支度してユキ、いつになったらコアを抜き取れるようになるの?」

 ビクニに嫌味を言われながら封魔師として一人前になれないまま妖魔を狩っている。

「マルティノ…ユキの着替えを手伝ってやって頂戴」

「世話の掛かる子だな…ホント…頼りない…」

 マルティノはARKの駆除部隊兵士としてビクニの管轄下に置かれている。


 少し変わってしまった日常は、記憶が曖昧なユキにとって幸いだったのかもしれない。

 宿舎の隅に、小さな石碑が立建てられた。

 不思議と石碑に刻まれた名に胸が締め付けられるような気持ちになるが、それがなぜか解らずにいた。


 そんな生活に慣れ始めた、ある日

「転校生を紹介する」

 小柄な少女がユキのクラスに転校してきた。

「狩野 メイです、よろしくお願いします」

 どこかで見覚えがあるような少女…


 屋上で白い獣が大きなアクビをしている。


『いつか訪れる別れなら…今は別れを選ぶ必要も無い…』


 それは突然、訪れるものなのだから…


                奇々怪々(龍神池3)   完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

奇々怪々(龍神池3) 桜雪 @sakurayuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ