第66話 真座阿(Mother)

 腹が満たされたのか、『ナタク』の食い散らかされた残骸が瓦礫の上に転がる。

 その大きく裂けた口を血でヌラヌラとテカらせて、獣化したユキがビクニと『ミコト』を交互に見ている。

「メス型のコアにとって、オス型は駆逐の対象でしかない…はずよね」

ミコト』がビクニに確認するように尋ねる。

「そうね、私はオス型だから見逃しはしないでしょうね」

「それ以前に、霊獣に恨まれている時点で、獣化したユキから見逃してもらえるはずないでしょ」

「夜叉丸の支配化にあれば、そうでしょうね…でも、以前も私を襲いはしなかったわ…なぜかしら?」

「さぁね、腹減ってなかったとか…」

「確かに、アンタのトコの妖魔を食った後だったわ」

「複数は摂り込めない…とか…」

「メス型がオス型のコアを体内で完全に駆逐するには時間が必要…なのかしら」

「消化ね…」

「そういえば、気にしたことなかったけど、アナタ、コアを持ってるの?」

「あるわよ、後天的に植え込まれたから14歳で成長が止まってるのよ」


ミコト』はビクニの子宮に宿ったままの胎児のクローンである。

 当然ながらコアは持たない。

 14歳の時に、初潮を迎えた後、徐福がビクニに自分の子供用に残した不死の秘薬を飲ませ、不死化したのだ。

 偶然、不死になったのがビクニであるなら、『ミコト』は人為的にトライアルの結果の不死である。

 その後、不死の秘薬の精製に成功していないので事実上、この2名以外の不死者は確認されていない。

 不死化の方法は解っている。

ミコト』がユキを不死化する自信があるといったのは、あるいは不死の秘薬の精製、あるいは、別の方法を知っているとも言えるのだ。

 それが解ったから、ユキをARKに差し向けた。

 NOAはユキを調べることで、その可能性に確信を得た。

 ビクニは、そんな風に考えていた。

「共に生きるべきパートナーをユキに決めたってことなのかしら?」

「ん?」

「いえ…アダムとイヴ…オス型のコア『アダム』からメス型『イヴ』が産まれた、肉体的には逆だけど、コアを基準に考えれば正しいのかもね」

「なに言ってるの?」

「新世界のアダムとイヴ、成れるのかしらね…フフフ」

 ビクニの手刀が『ミコト』の後ろ首を捉える。

「なに…を…」

ミコト』の意識が途切れ地面に倒れる。

「最後にね…母親らしいことをしてみたくなったのよ…」

 ビクニはユキの前に立った。

「夫殺し…親殺し…どちらでもいいわ…私を殺して頂戴…もう…疲れたの…お願い…殺して…」

 両手を広げて獣化したユキの前に立ち、涙を流した。

 しばし、じっと赤い瞳でビクニを見据えて、スタッとビクニに近づく…

「殺して…」

 大きく裂けた口がビクニの顔に近づく、長い舌を出し…ビクニの頬を舐めた。

 涙を拭うように…。


 そのまま、『ミコト』を抱き抱え、大きく跳躍して闇夜に消えた。


「殺しては、くれないのね…ホントに言うことを聞かない子ね…最後まで…」


 警察と消防が着くころには、ARK宿舎から人外の死体だけ運び出されていた。

『死者6名』


「あ~、こうも爆発事故が続くとね~」

 相良がビクニを訪ねたのは翌朝であった。

「また…パーティですか?」

「結婚式ですわ…娘のね」

「はぁ…まぁ…死者が出ている以上、署には御足労願いますよ」

「えぇ…解ってますわ」


 ビクニは大人しく、パトカーに乗った。

 管轄外で同行は出来なかった相良と花田。

「またガス爆発ですか?」

「さぁね…今度は何て言うんだろうね~」

「死者6名ですか…全員警備員…」

「まぁ、すぐ帰してもらえるさ…」

「何でです?」

「ん? 何もでやしないからね…ココは彼女の庭だ」

「はぁ?」

「治外法権ってヤツさ」

「日本ですよ」

「それ以前にARKなのさ…彼女のエデンで、俺達は何もできやしない…」


(掴めそうで掴めない…目に映っても、ココには無い…そういうこともある…)

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