第65話 紅狼(Crow)

ミコト』の足を抑えるように、上半身だけのヴァリニャーノが纏わりついている。

 無言のまま、視線を向けることも無く『ミコト』がヴァリニャーノ

《射手座》の頭を踏み抜いた。

「オマエの言う通りだ…和装は動きにくいな…」

 半裸になって自由に動かせるようになった華奢な足は、見た目とは裏腹に力強くヴァリニャーノ射手座の頭を地面にめり込ませる。

 ゴキッ…

 鈍い音がして、ヴァリニャーノ射手座の首が折れた。

「出会った時と同じ…足の無いオマエが一番可愛いわよ」

 スッと膝を上げ、そのまま勢いよくすでに事切れたヴァリニャーノ射手座の頭部を踵で踏み抜いた。

「クククッ…いい気分よの…夜風も心地よいわ」

 口調が変わり、黒い髪を両手で宙に解放するように搔き揚げる『ミコト

「色々とサッパリしたようじゃの…童の着物も…ゴチャゴチャといたゴミ共も…がれきの下に埋まったわ」

 大きく深呼吸して

「ユキを連れて帰るわ、ビクニ…そろそろユキの身体が心配なのよ、大人しく通して頂戴、今夜は充分でしょ?」

「そうもいかないようね…」

 ビクニが『ミコト』の後ろを指さす。

 ゾワッ…

ミコト』の背筋に悪寒が走る。

 クルッと振り返ると夜叉丸の姿は無く、身を屈めた黒い影がボリボリと何かを食っている。

「ユキ…」

 小声で呟いた『ミコト』の声を大きな耳が捕え、クルッと振りむいた影。

 獣化したユキ…

 黒い毛に覆われ、二股に割れた尻尾、その姿は以前『獣化』したときのユキに酷似している。

 興味は無いといった感じで、再び何かを喰らい続けるユキ。

 喰っているのは『ナタク』

 爆発でも生きていたであろう『ナタク』がユキに腹から喰われている。

 腹から臓物が飛び出し、引き千切られても、まだ生きているようで時折、か細く声をあげる。

 はらわたに飽きたのか、腕に噛みつき骨ごと喰らい、爪で頭部を砕き脳髄をすする。

 その姿は、理性の無い獣そのものだ。

「どう思う『ミコト』…」

「なにが?」

「私達は、確かに不死、だけど、その時を止められたままのコアを食われたら…どうなるのかしら?」

「コアを…」

 考えたことも無かった。

 不死の身体は、『フロフキ』で時間を止められたコアに依存した云わば症状とも呼べる結果に過ぎない。

 再生も覚醒したコアがもたらす自己防衛本能による恩恵だ。

『今を維持し続けること』

 コアに意思があるのなら、それがベストだと判断した結果による不老不死。

 そのコアを身体ごと喰う獣が目の前にいる。

「あの子はね…一度もコアを抜き取ったことはないの、全部壊すか…それとも喰うか…それしかできない子なのよ」

「だからなに?」

「案外、あなたへ寄せていた好意も、食欲なのかもね」

「バカなことを…大体、ユキを引き取って育てていたのは徐福のコアを抜き取るためでしょ、出来そうにないから見捨てたの?」

「見捨ててないわ…ユキでダメならユキの子供に託せばいいだけだから」

「気の長い話ね、不老不死ならではの…」

「だからね、ユキに不老不死なんて冗談じゃないのよ、まだユキにも時間があるわ、コアを抜き取れるようになるかも知れないし、徐福のコアを見つけて確保するだけでもいい…そのためのARKなんだから」


 ビクニの目的は、徐福との再会であり、願わくば共に約束した不老不死での永遠を2人で生きること、ARKはそのためのエデンだ。

 そして、『ミコト』の目的は…自分の気にいった生物の楽園を造ること、それは、子供の人形遊びに過ぎなかった、その中でユキという人形が気に入ったのだが…それは他人の所有物であった。

 それを奪いにやってきたのだ。


 利己的な不死者が抱く夢、それはあまりにも勝手で幼い…


 少しづつではあるが、その夢は『朝倉ユキ』という少年の存在で変わりつつある。

 不死者はそれに気づいているのだろうか?

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