第64話 毒蛇蛙(Doctor)

ミコト』が振り返ると後ろに倒れているマルティノ蟹座と目が合った。

「フフフ…久しぶりね、マルティノ蟹座 ご機嫌いかが?」

 ニコッと笑う顔は見た目の年相応の少女のようだ。

「良いわけないでしょ…見たくもない顔も見てるし…」

 ゼェゼェと息を荒げているマルティノ蟹座

 その腕は甲羅ごと砕かれダラリと下がったまま動かせないようだ。

 それでもヨロヨロと立ち上がる。

 前のめりに倒れるように状態が傾いたまま、やっと立ったマルティノ蟹座を、ソレをわざわざ待っていたかのように『ミコト』の掌打が腹に入り、『く』の字に曲げられた身体、その顔に掌打が決まる。

 弾かれるように状態が跳ね起き、今度は仰け反り、マルティノ蟹座は膝から崩れ落ちる。

(化け物が…)

 意識が途切れる間際に視界に入ったのはヴァリニャーノ射手座の姿。

 頭を踏み抜かれ頭部から大量に出血している。

 よく見えないが、機械化した足も、ひしゃげ、満足に動けそうもない。

 意識があるのか無いのかすら解らないが、倒れたままピクリとも動かない。


(ユキだったな…なにが頼れだ、頼れるようなヤツでもない…なかったな…ホントにオマエの言うことはアテにならない…よ…ヴァリニャーノ射手座)


 マルティノ蟹座は、そのまま意識を失った。

「やはりデカンなど出来損ないか…」

ミコト』が吐き捨てるように呟き、視線をヴァリニャーノ射手座に向ける。

「トドメは差しておくか…」

ミコト』がヴァリニャーノ射手座の方へ歩を進める。

ミコト』には、一抹の不安があった。

 デカンの中で、このヴァリニャーノ射手座だけは何を考えているか解らなかった。

 自分に従順なのか、反抗的なのか、それすら解らない。

 酷く扱いにくい駒、チェスの盤に将棋の駒を配置してプレイしているような時に便利で、時に自分の首を絞める不自由さを感じていた。

 そして最後には、自分に牙を向けたのだ。

 自分が与えてやった『牙』失ったはずの足を、自分に向けてきた。

「馬はペットに出来ないか…」

 倒れたままのヴァリニャーノ射手座の前で呟いた『ミコト』がヴァリニャーノ射手座の髪を掴んでグイッと持ち上げる。

 仰け反ったように上体が持ち上がり血まみれの顔、その目は虚ろに開かれてはいるが、意識は無いようだ。

「かぁぁ…」

 口から空気が漏れるような呻きがか細く聞こえる。

「がぁ…あっ…」

「ん? 何を言ってるの?」

 少し屈むように、ヴァリニャーノ射手座の顔に自らの顔を近づけた『ミコト

「バカが!!」

 ヴァリニャーノがガバッと『ミコト』にしがみつく。

「押せ!! ビクニ!!」

『ナタク』と交戦中のビクニにヴァリニャーノ射手座が叫ぶ。

「クッ…このタイミングで…」

『ナタク』の蹴りを交差させた小太刀で受け、後方へ大きく飛び退きスーツの内ポケットから小さなスイッチを取り出しボタンを押す。

 ヴァリニャーノ射手座の足から「チチチ」という小さなセンサー音がした。

 意識があると気付き、ヴァリニャーノ射手座を振りほどこうと足掻く『ミコト

「こういう場に着物でやってくるアンタが嫌いなのさ」

 ヴァリニャーノ射手座がニヤッと笑う。

 ただでさえ動きを制限される着物の不自由さが仇となって『ミコト』の力でもヴァリニャーノ射手座を上手く振りほどけない。

「クソがーー」

ミコト』の顔が怒りで歪む。

 その瞬間、ヴァリニャーノ射手座の足に仕込まれた爆弾が爆発した。

 規模こそ小規模な威力ではあるが、ロビーを滅茶苦茶にするのは充分な威力だ。


 黒煙から庭へ飛び出したのはビクニ

(誰が出てくる…)

 ロビーで生きている消火設備が煙と火を沈下すると、そこに立っていたのは『ミコト』、黒い着物はボロボロになり、白い肌が露出している。

 ほとんど裸に近い状態だ。

 ススと血に塗れた白い腕を顔にあてグイッと拭う。

「許さんぞ…」

 左目がピクピクと怒りでヒクついている。


 少し離れた所では夜叉丸がユキを庇うように身体を丸めていた。

(ユキは無事か?)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る