第四章 かけら
26. 『二島遺聞録』
古代、真波市のほとんどは海で、後の大都市の面影は無かったというのが佐路の考察である。いくつもの小島を繋ぐように州が形成され、平野になったということだ。
ある日、そんな島の一つに五人の天女が舞い降りた。
それぞれが違う色の衣に身を包み、海辺で歌い踊る彼女たちを見るために、島の周りには魚たちが集まって来る。
天女は日没と共に天へ帰ったが、再訪を魚に乞われて、その後は毎年夏に降臨するようになった。魚たちが崇めた天女の噂は、やがて人の耳にも届く。
どうしても一目見たいと考えた若者が島を探し当て、降臨の日を待った。願いが叶い、その当日に居合わせた彼は、現れた天女の一人に魅了される。
日没を迎えて天に帰ろうとする天女の衣をつかみ、若者は必死で懇願した。
――帰らないでくれ、もう一日だけでも残ってくれ。
そんな彼を無視して四人は天に昇るが、黄色い衣を着た一人だけは願いに応じる。彼女は彼のために歌い、魚と一緒に舞う。翌日も、そしてその翌日も。
日中、若者は海に出て貝や海藻を集めて自分の食料とし、夜は天女と一緒に過ごす。彼にとって夢の如きそんな生活は、七日ほど続いた。
しかし、彼女が地上に留まったことに当然ながら天帝も気づく。
八日目の昼、沖に出た彼の小舟を
無理やり連れ戻される天女は、空から男に語り掛けた。
――私はまた必ず戻ってくる。どうか島で待っていて欲しい。
薄れ行く意識の中、若者は心で約束を交わし、そのまま遠くの海岸へと流される。浜で目が覚めた男は約束だけが胸に刻まれ、他は何も覚えていなかった。
島に行かなければ、若者に残ったのはその想いだけだ。消えた思い出に苦労しつつも、彼は最後には島に辿り付き、そこに家を建てて天女の帰りを願う。
七年の歳月が過ぎた後、黄色い天女はやっとの思いで天帝の束縛から逃れ、再び地上へ降り立った。かつて一時を過ごした島で、彼女は独り男が迎えに来るのを待つ。
だが、二人が会うことは無かった。
男は記憶を失ったせいで違う島で老い、孤独のうちに死んでしまう。そのことを知らないまま、天女は島で待ち続けている。人の身体を無くし、花と姿を変えて。
真波の島の近くでは、舟が転覆すると天女が助けに来ると言う。男を探して、今も彼女は海を眺めているのだ。
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