-REIKA-

七瀬 桃

第1話

俺が初めて彼女の存在を知ったのは、高校の入学式だった。


「新入生代表挨拶───新入生代表、橘 麗華たちばな れいか


「はい」


式の進行役を務める女性の声に次いで、澄んだ声で返事をし壇上に上がる彼女に俺の目は釘付けとなった。

腰まで伸びたサラサラの黒髪。スカートから覗く細長い脚。パッチリとした目に鼻筋の通った顔。それはまさにモデル並みの……いや、俺が今まで生きてきた中で見てきた女性の誰よりも美しかった。


「なぁ……あの子めちゃくちゃ綺麗じゃね!?」

「モデルとかやってるんじゃないの?」


俺の周囲に座る新入生徒達も次々に彼女の容姿を絶賛する声を上げている。そんな周囲の反応をよそに、彼女は凛とした佇まいで淡々と言葉を進めていく。

後から聞いた話によると、この新入生代表挨拶というものは、高校入学試験を最優秀成績で通過した人が行うものらしい。つまり彼女は頭脳明晰、容姿端麗───まさに神様が創り出した最高傑作のような人間だったのだ。


橘 麗華。


この名前は俺の中で生涯刻まれることとなる───


◇ ◇ ◇


「………って、聞いてるのか慶太っ?」


名前を呼ばれ、ハッと我に返る。顔を上げると、宮西 和成が俺の机の前に仏頂面で立っていた。

「あ……あぁ、ごめんごめん。それで、何の話だったっけ」

頭を掻きながら笑って誤魔化そうとすると、和成は聞こえよがしに大きな溜め息をついた。

「お前がモンハンの必勝法教えて欲しいっていうから俺が必死こいて説明してたんだろうが!それをお前って奴は……」

「ああ、そうだよ!それで、和成はどの装備で挑んだんだ?」


わざとらしくも身を乗り出すと、和成はやれやれ……と話を再開してくれた。

あの入学式から約一ヶ月後───の5月中旬。俺、野坂 慶太は友人の宮西 和成とゲーム話に花を咲かせていた。和成は高校に入学して知り合った友人である。席が近く、ゲームという共通の趣味もあったことから、この一ヶ月で急速に仲を深めた。最近は、休み時間になると和成が俺の机の前にやって来て、おすすめのゲームやゲームの攻略法について語り合うのが恒例となりつつある。

この頃になると、他のクラスメイト達も集まるメンバーが固定化されてきているようだった。派手な女子集団、坊主集団、おっとりした女子ばかりの集団───その中で、一人椅子に座り、ぴんとした背筋で分厚い本を黙々と読んでいる女子。気づけば俺の視線は自然と彼女の方へと向けられていた。


「橘 麗華」


「ッ?!」


突然耳元で囁かれたその名前に、俺は分かりやすいくらいに動揺する。その俺の動揺ぶりに、和成はケラケラと声を出して笑った。


「お前、分かりやすすぎ」

「何がだよッ…!何でもって、急にその名前を……!」


何とか誤魔化そうとするが、こうなると必死になるだけ逆効果だ。和成は嫌らしい笑みを浮かべながら、俺の席から左斜め前の方向を指差した。


「さっき俺の話を聞いていなかったのも橘さんが原因だな。今のお前が興味あるのはゲームじゃなくて女の子か〜、ついにお前も恋愛に目覚めたのかあ」

「それは違ッ……!ていうか、大体何で俺が橘さんのこと……!」

「お前、俺が気づいてないとでも思ったか!」


和成は真っ直ぐ立てた人差し指を勢いよく俺に向けた。


「この1ヶ月どれだけお前と一緒にいたと思ってるんだ!ゲームの話をしている間にも、お前がちらちら横目で彼女のこと見てたの気づいてたんだからな?」


思わず俺は反論しかけた言葉を呑み込んだ。まさか和成にここまで気づかれているとは知らなかった。まったくもって図星である。でもそれは、彼女のことが好きとか恋愛の目で見ていた訳ではない。そこだけは違うと俺は和成に断じて否定した。


「なぁ和成……。和成はさ彼女のことどう思う?」


唐突な質問をしたが、和成は一瞬考える素振りを見せるとすぐに口を開いた。


「どう思うって、そりゃあ彼女は美も頭脳も兼ね備えた完璧人間ってところだろ。あれほどまでの人材がごく一般的な普通科高校にいるのが不思議なくらいだよ」


和成の言う通り、彼女は誰もが認めるほどの完璧人間だ。入学式の時の衝撃は忘れもしない。確かに最初は彼女の美貌ゆえに目で追っていたことはあるが、次第にそれはある違和感を確認するためへと理由を変えた。


「和成はさ……おかしいと思わないか」

「? 何が?」

「……俺はさ、彼女の喜怒哀楽を一度も見たことがないんだよ」


入学式が終わりクラスが発表されると、俺は橘 麗華と同じクラスでしかも席が斜めという

ことが分かった。内心でガッツポーズをし、あわよくば彼女と言葉でも交わせたらいいな……と思ったのもつかの間、彼女の周りには大量の人だかりができていた。入学式で衝撃を覚えたのはやはり俺だけではなかったらしく、入学式後暫くは空き時間に他のクラスや先輩達までもが彼女の姿を見に来る程だった。そんな訳で当然俺が割って入る隙もなく、彼女は色んな人達に囲まれ質問責めをされていた。

しかし、彼女は嫌がることも楽しそうにすることもなく、とことん無表情を貫いていた。返答も、まるで決められたマニュアルがあるかのような当たり障りのない返答しかせず、次第に彼女は"近寄りがたい人"とレッテルを貼られ周りから敬遠されるようになったのだ。


「……まぁ、確かに橘さんって笑わねーし感情を表情に出さないよな。───でもさ、」


和成はちらっと横目で橘さんの姿を映した。


「そういうのってよくありがちな話じゃね?例えば、あれだけ完璧な彼女のことだから中学時代に妬みやら僻みやらで人間関係で嫌な思いしたとかさ。お人好しなお前なことだから、そんな彼女を何とかしてやりたいって思ってるのかもしれないけどさ。彼女だって色々考えた結果が今の姿なのかもしれねーし、俺らが下手に首突っ込んでいい話じゃないよ」


普段はおちゃらけばかりの和成だが、たまにぐうの音が出ない程のど正論を言う。俺は黙って頷くしかなかった。


「うん……そうだよな」


彼女を何とかしたいと思うのも、それは俺のエゴであって彼女がどう思うかは分からない。もしかしたら彼女にとってありがた迷惑になるかもしれないのだ。たかがクラスメイトの一人である俺がどうこうしようとする話でもない。そういう事なんだ。


俺の心の中で整理がついた所で、丁度休憩時間の終了を告げるチャイムが鳴った。また後でな、と和成は手を振り自分の席へと戻っていく。俺も手を振り返すと、5限目の授業の準備へと取りかかった。



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