第57話




 悪魔であるブロックチェック・ネイビーは自らの名を名乗り、不遜に笑った。

 先ほどまで追い込まれていたとは思えない態度のデカさだ。

 とはいえ、今の彼が身に纏うオーラは十分にそれだけの迫力を持っている。

 全身の傷が完治し、胸に埋め込まれた水晶が不気味な迫力を出している上、彼の内側から溢れ出る魔力の鳴動は完全に強者のそれだ。


「……やっべ。なんかメッチャ強そうな感じしますね。やっぱ最初に肘じゃなく首を折るべきだったかな」

『今更でしょ、そんなの』

「とりあえず……私はリンボーン殿に連絡を取ろう」

「そうですね。ではメア先輩は一旦 後ろに」


 口調そのものは どことなく軽いが、ブロックチェックを警戒し、黄太郎達も距離を測りつつ動き出す。

 黄太郎は鉄雅音を右手に構え、アザレアは槍の穂先を下げ、メアジストはアザレアの後ろについて通信機を口元に寄せてリンボーンとの連絡を取る。


「――リンボーン殿と兵士達がここに来るまでに10分は掛かるそうだ。そこまでは私達で粘るしかないな」

「10分か。なーに、ウル〇ラマンが三人いても間に合わないくらいでしょう。ハハッ、……うっわヤバくね??? ウル〇ラマン三人でも持たないのに俺たちにどうしろと???」

『黄君さぁ、もう少し考えて喋ってくんない?』


 つい軽口を叩く黄太郎だが、気を抜いているわけではない。

 ジョークを挟むことで自分の心拍が上がり過ぎないように自分で自分を落ち着かせているのだ。


(今の心拍数は……140くらいか。悪くはないな)


 心拍数が毎分140回程度というのは安静時なら当然 高い数値だが、命を懸けた戦場においては丁度いい数字だ。適度に身体を戦闘状態に保ちつつ、頭はクールに動く。

 と、そこで動いたのはブロックチェックだった。


「さあ! 反撃の時間――」


 と言いかけていたところで、ブロックチェックの胸部が異様なまでに膨らみ、「ぐぅあ!?」と目を見開き苦悶の声を上げる。

 更に彼は大口を開けると――コールタールのように黒くてドロドロとした液体を大量に吐き出し始めた。


「ごぼっ!? ごぉおおおおおおおおおお!?」


 身体を大きく仰け反らせて上を向き、液体を履き散らしながら、訳が分からないと言わんばかりに驚愕に目を見開くブロックチェック。

 恐らく彼が生み出した結晶による影響だろうが――しかし隙だらけだ。


「『世界を超えてウォンテッド』ッ!!」


 アザレアの姿が消えたかと思うと、次の瞬間にはブロックチェックの巨躯の上に着地し、槍の穂先に炎を纏わせていた。


墜星ついせい!!」


 そのまま上を向くアザレアの顔面に槍を振り下ろそうとしたが――彼の吐き出している液体の一部が腕のような形状に変化し、アザレアの槍を受け止めたのだ。


(な――!?)


 アザレアは予期しなかった事態に動きを止めた。

 止めてしまった。

 そのため、槍を捨てて逃げるという選択肢を取るまでにタイムラグが生じてしまった。

 直後、今度はブロックチェックの吐き出している液体が大きな刃状に変化し、アザレアを襲った。

 迫りくる巨大な刃に、彼女は明確に“死”と言うものを連想した。


「――ぁああああああ!?」


 悲鳴を上げるアザレアに対し、しかし そこで代わりに黄太郎が割って入った。


「うおらあああ!!」


 左手でアザレアを抱き寄せつつ、ブロックチェックの刃を鉄雅音で受け止めようとした黄太郎だったが、しかし そこで今度は刃が鞭のように柔らかく、鉄雅音のガードを かわして二人ともまとめて両断すべく、襲い掛かった。


(回避しきれない!!)


 そう判断した黄太郎は――右腕を捨てた。

 そのまま自分の右腕を刃に叩きつけて無理やり軌道を逸らし、致命傷を外したのだ。

 これによって距離を取った黄太郎は、アザレアとともにブロックチェックから数メートル離れたところにまで離れた。

 だが、右腕を捨てたというのは比喩表現ではない。


「ぐああああああああああ!?」


 右上腕の半ばから切り落とされた黄太郎の右腕は鉄雅音を握ったまま宙を舞い、やがて黄太郎の目の前にボトリと落ちた。

 傷口からは大量の血が溢れ、彼の上等なスーツを真っ赤に染め上げる。


「いってええええええッ!! クソがッ!!」

「ら、乱葉さん!?」

「しまった!!」

『黄君!?』


 黄太郎は思わず地面に膝を着き、苦悶に顔をしかめる。

 アザレアは動揺しつつも、黄太郎の腕に回復魔法を掛けて、何とか出血を抑えようとするが、彼女には切り落とされた部位を接着させるほどの回復魔法は使えない。

 メアジストも慌てて駆け寄り、黄太郎の切り落とされた右腕を拾い上げる。

 右腕に握られたままの鉄雅音も声を掛けるが、しかし黄太郎は額に脂汗をにじませて動けない。


 その間に、ブロックチェックの身体はコールタールのような液体に全身が包まれ、外見には大きな変化が生まれていた。

 角と翼はそのままだが、液体は全身を包む鎧のようなもので覆われ、色も何時の間にか濃紺に変色していた。

 顔も鎧の面頬のようなものに覆われている。

 更にその鎧のあちこちには黄色い眼球が埋め込まれ、ギョロギョロと不気味に動いており、腰には先端にハンマーのようなコブの付いた尻尾が生えている。


「……そうか、これが完全形態の純魔水晶の力か」

「ああ? 純魔水晶? 何だそれは?」


 ブロックチェックの漏らした言葉に、痛みに顔を顰めつつも思わず黄太郎が そう尋ねる。

 すると、ブロックチェックは鎧の中からくぐもった笑い声を返した。


「貴様らの持っていたアンティークドールの中に仕込んであった あの水晶さ。実はあの人形、単なる文化財ではなくてな。我々のような悪魔族の力を強化してくれる特殊なアイテムだったのだよ。だが、数百年前に人間に奪われ、力を抑えつつも巧妙に隠すために、破魔の力を練りこんだ糸で作られた人形の中に埋め込まれていたのだ。それをあの変態怪盗に奪わせるために人間の情報屋のフリをして、挙句には高価なマジックアイテムのマントまでくれてやったのに失敗しおった。……おかげで面倒なことになったが、今となってはどうでも良い!!」


 そう言いつつ、ブロックチェックは指をパチンと鳴らした。

 すると黒い霧のようなものが現れ、更に その中から数十メートルはあろうかという大きな鳥かごのようなものが出現した。


「今回の我々の目的は、ブラビアス王国の食糧庫であるアイバラを潰すこと。だが、大軍勢では ここに辿り着く前に戦争になる。そのため我らはたった三人での作戦を余儀なくされたが、……しかし!! 時は来た!!」


 ブロックチェックの出現させた鳥かごの中には、何かが蠢いている。

 ――それは、大量の悪魔達だった。

 だが、悪魔と言っても悪魔族で最下級のレッサーデビルという種族だ。

 体長はせいぜい一メートル、羽根と翼と尻尾はあるが、その程度だ。

 初級の冒険者でも倒せるほどの強さしかなく、知能も低い。

 だが、そんなレッサーデビルでも鳥かごの中を本当に埋め尽くすほどに居る。

 恐らく百体近くは居るだろう。


「そして見よ!! 我が固有魔法!! 『栄光グローリー』!!」


 ブロックチェックのがそう叫ぶと、彼の全身から眩い光があふれ、周囲を照らした。

 目を開けていられないほどの眩さだったが、光自体は一瞬で消えた。 

 メアジスト達には、何の変化もない。

 一体何が――。

 そう思っていたが、結果はすぐに表れた。

 ――ミシミシと音を立てて、鳥かごが壊れ始めたのだ。

 だが何も鳥かごが勝手に壊れているのではない。

 鳥かごの中のレッサーデビル達の肉体が肥大化し、内側から鳥かごを押しているのだ。

 やがて鳥かごは耐えきれず、完全に崩壊し、霧散した。


「これは魔王様から預かったレッサーデビル達だ。そのままでは数を揃えても大した役には立たん。だが、純魔水晶を取り込み強化された、我が固有魔法『栄光グローリー』の能力ちから!! “同じ悪魔族の力を強化する光”によって、彼らの力は数十倍に跳ね上がる!! 百体弱でも貴様ら人間の街一つなら一晩で鮮血に染め上げることが出来るほどになぁあああああ!!」

「「「「「ぎぃいいいいいあああああああああ!!!!」」」」


 ブロックチェックの言葉に呼応するように、レッサーデビル達が雄叫びを上げる。

 その様子を見る限り知能は上昇しないようだが、それでも力が跳ね上がっているのは酷く厄介だ。

 手負いの黄太郎と、基本的に大人数相手の先頭に向かないアザレアとメアジストの能力では相性が悪い。


(くッ!! どうすれば――!?)


 歯噛みするメアジストの横で、黄太郎はあっさりとこんなことを言った。


「どこの世界でも勝ち誇ったバカは聞きたいことを全部喋ってくれるんだなぁ」

「……ああ?」


 黄太郎の言葉に、苛立ったような声を返すブロックチェック。

 だが黄太郎はどこ吹く風といった調子で。


「すみません。鉄雅音さん渡してもらえません? それと切断された腕を傷口にくっつけてもらっていいですか?」


 とメアジストに頼んだ。

 困惑しながらも、メアジストは「こ、こうか……?」と言って黄太郎の切断された腕をくっつける。

 ぐちゃっ! と生々しい音がするが、黄太郎は特に気にすることなく飄々とした調子で自分の腕に鉄雅音の釘を叩きつけた。

 ――きん! という音が響き、黄太郎の二の腕と切り落とされた腕を釘が貫き、そして黄太郎の腕は見事 元通りにくっついていた。


「……なに?」


 困惑した様子のブロックチェックを置いて、黄太郎は自分の右腕の感触を確かめるようにしてグーパーグーパーと手を握り、開く。


「ら、乱葉さんの能力って腕もくっつくんですね……」

「まあね」

「……あの様子だから完全にダメだと思って焦ったんだがな、こっちは」

「はは、俺こう見えて演技派なんですよ~」


 問題ない、と確かめてから黄太郎は右手に鉄雅音を持ちなおした。

 その様子を見て、ブロックチェックはハッとしたように告げる。


「ま、待て! それは貴様の固有魔法だな! 欠損の再生まで出来るとは驚きだが……しかし流した血はどうにもできまい!! 既にかなりの量を出血させたはずだぞ!!」

「そうっすね。だからこうします」


 そう言って黄太郎は自分の体内から輸血パックを取り出した。

 

「……は?」


 またしても驚愕するブロックチェックが間抜けな声を上げる。

 彼は輸血パックと言う存在は知らないが、その見た目から中身が血液であることは察した。

 そして黄太郎は輸血パックのキャップを開けてから、鉄雅音で輸血パックを体内に入れなおした。

 キャップが空いているため、中の血液――予め採血しておいた黄太郎自身の血液――が、彼の体内に取り込まれていき、やがて空になった袋だけを黄太郎は放り捨てた。


「はい、輸血おーしまい」


 と、黄太郎はあっさりとそう言ってのけるが、しかしこれにはメアジスト達も驚いた。


「……おまえ、準備が良すぎだろう」

「準備が悪いよりはいいでしょう?」


 黄太郎はそう言って不敵に微笑む。

 黄太郎の体内には様々なものが仕込まれているが、それは医薬品や今回のような輸血パックも含まれる。

 鉄雅音の能力で一体化させたものは、そのままの状態で維持されるため、今回のように体内に輸血パックを一体化させれば特別な準備もなしに輸血パックを保存でき、更に輸血パックを体内に一体化させていた釘を解除すれば、自由に出し入れできる。

 体内に様々なものを仕込める、というのは戦闘時には圧倒的なアドバンテージになる。

 異世界での作戦行動に黄太郎が向いていると判断された最たる理由の一つだ。

 その光景に思わず呆気に取られるブロックチェックだったが、しかしすぐに思考を切り替えた。


「……なるほど。お前は本当に厄介だな。だが、だからこそここで潰す!!」


 黄太郎の傷は治った。

 だが、逆に言うとそれだけだ。 

 百体近い強化された悪魔と、純魔水晶によって強化された魔王軍の幹部と戦わなくてはならないのは事実として揺ぎ無い。

 だからこそ。


「二人は俺の撃ち漏らした敵の排除をお願いします。リンボーンさん達が来るまでは耐えないといけませんからね。だからここは、俺がやります」

「ま、待て! いくらお前でも――」

「大丈夫ですよ。正真正銘、ここで本気を出しますので」


 黄太郎はそう言ってニッコリ微笑んだ。

 その笑みに、優しいはずの笑みに――メアジストは恐怖を覚えた。

 だが その恐怖は、笑みが気持ち悪いからとか、得体が知れないからなどではない。

 まるで、お気に入りのオモチャで遊ぶ子どものように、あまりに純粋な笑みを浮かべていたからだ。


「じゃ、鉄雅音さん。久しぶりに“俺tueee”しましょうか」

『……あんまアレ好きじゃないんだけどな』

「そう言わないでくださいよ。さて、じゃあ……テーラー」


 黄太郎は そこで一度言葉を切ると。


「『先の尖った靴を履け』」


 そう告げた。


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異世界潜入捜査官 乱葉黄太郎 水道代12万円の人(大吉) @daikichi-T

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